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 本を出した以上、山口組が何か仕掛けてくるだろうと腹を括ったが、同時にそうなれば本が売れてしまう、山口組と渡辺の実態がより広く世間に知れ渡るのだと、私は保険を掛けたつもりでいた。恐怖と緊張でしばらく下痢が続いた。

ついに刺された

 8月2日、本は5刷り、計3万部になったと連絡があった。

 8月29日の夕方、私は小学館「SAPIO」の編集者竹内明彦さん(「週刊ポスト」編集長、「SAPIO」編集長、江戸文化歴史検定協会理事長を歴任、2002年退職)と仕事の打合せを兼ねて食事することになっていた。6時45分、竹内さんから電話があり、7時5分に高田馬場駅近くの焼き肉屋「森の家」で落ち合うことになった。

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 私の仕事場は高田馬場にある小さなマンションの3階である。部屋は戸塚警察署の前に出る2車線の道路に面している。6時55分、私は仕事場の電灯を消して部屋をロックし、階下に下りた(外で見張っていた者はこの消灯で、私が外出すると知ったはずだ)。1階に郵便受けがある。配達されていた郵便物を取り出し、ショルダーバッグに収めようとした。

 このとき人の気配に目を上げると、玄関前に白っぽい上下を着た男が立っていた。年のころは30代、スポーツ刈りで眉が濃く、目は大きい。むっつりした表情で玄関内に入ってきた。身長165センチほどか。小太りの男である。

 私は男がどこかの部屋に行くのだろうと思い、道を譲る感じで体を横に開いた。男は私の脇に近づいた後、無言で右手を私の左脇背にぶつけてきた。私の左脇にはショルダーバッグが下がっている。それで相手の手は私の背のほうに回ったのだろう。

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 一瞬、熱いと感じたが、殴られた程度の痛みしかなかった。たぶん私はきょとんとした間抜け顔だったろう。刺されたとはまだ思っていない。男はどうだと言わんばかりの目の色をしたが、続けて刺そうとはしなかった。

 私はゆらりと右足を一歩、男のほうに踏み出した。と、はじめて男の目にうろたえの色が走った。おそらく私がまるでダメージを受けていないかのように映り、反撃に出るとでも思ったのだろう。私は高校1、2年まで柔道をしていたから、男より体も大きく、骨格はいい。

 男は玄関を飛び出すと、右手の上り階段を逃げた。この階段は早稲田通りに出る小道になる。反射的に私は男の後を追った。猛烈にダッシュしている男の足の動きが記憶にある。たぶんズック靴を履いていたと思う。もう少し間合いを詰めてタックルすれば、男を倒せるように感じた。