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なぜ大迫傑はアメリカを離れケニアに行ったのか「知りたくないことまで耳に…」「平穏な気持ちではいられなかった」

『決戦前のランニングノート』より#1

2021/07/22

source : Sports Graphic Number

genre : エンタメ, スポーツ, 読書

note

「いろいろなものを捨ててこなくてはいけませんでした」

 気持ちに波がなくなったことで、練習にも集中できるようになりました。そもそも陸上が好きで、速くなりたいのだから、100%集中できる環境に身を置くのは当然で、シンプルなことをシンプルにできるようになった。それだけのことなんですよね。

 今回の合宿は7カ月を予定しています。コロナ禍で気軽に移動できないこともありますが、こんなに長く高地でトレーニングをしたことはありません。この選択が良いのか、悪いのか。この先どうなるのかも正直分かりません。けれどもこの新たなチャレンジは、東京オリンピックがあっても、なくても、自分の経験値として絶対に残るものだと思っています。自分ではコントロールできない未来の心配をしながら、東京やアメリカで今までと変わらないトレーニングをするよりも、東京オリンピック以外のオプションも見据えて、自分が進歩するために今できることに集中する方が意義があるし、それが自分らしい選択だと思っています。

 日本を出るときは、家族や友人との時間、おいしい食事や快適な生活など、いろいろなものを捨ててこなくてはいけませんでした。だけど、いざ捨ててみると、すごく落ち着いた気持ちで走ることができている。僕に唯一特別な能力があるとしたら、「捨てる勇気を持てる」ことじゃないでしょうか。

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撮影:大迫隼也

 ケニア合宿の拠点は標高2390mにあるイテンという街。標高が高いので年間を通して朝晩は肌寒いくらい涼しいです。日中は天気が良ければ暑いですが、日本やナイロビと違って、優しい暑さです。

 1週間のスケジュールは大体決まっています。月・水・木・土はイージーラン。日清食品にいたバルソトン・レオナルドとスバルにいたランガット・クレメントがこちらで小さなチームをつくっているので、宿舎近くのオフロードを一緒に走ったり、日によっては自分だけで走ったりしています。

 ケニアにはそのときの体調で、設定タイムを守らずにスピードアップする選手がたくさんいます。そのような状況を求めていたわけではありませんが、どんなときでも自分のペースでちゃんと走りきるというのは、すごくメンタルの面で活きていると思います。

 とはいえ、誰かがちょっとペースを上げようとすると、やっぱりイラつくこともあって。意外と走りながら会話をすることも多いので、考え事をしたいとき、自分のリズムで走りたいときは、一人で走るようにしています。