「クローズアップ現代+」(NHK)、「王様のブランチ」(TBS)などで紹介され話題のブレイディみかこさんの最新刊『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』。エンパシー(=意見の異なる相手を理解する知的能力)は、ジェンダーやフェミニズム問題の解決の鍵だというブレイディさんが、コロナ禍のイギリスとこれからの社会について語った。

ブレイディみかこさん ©️Shu Tomioka

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エンパシーと女性の「やりがい搾取」

 Clap for Carers.(ケアラーに拍手を)─最前線でコロナと闘う医療・介護従事者に、自分の家のドアの前に立って、感謝の拍手を贈る。昨年春、毎週木曜の夜8時にイギリス中で行われた光景です。パリやジュネーブ、ロサンゼルスにも広がり、日本でも単発的に行われたと聞きました。

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 呼びかけたのは、ロンドンに住む36歳の主婦です。3回目のロックダウンとなった今年1月、彼女が「またやりましょう」とツイートしていたので、ブライトンのわが家でも木曜の夜、家族揃ってドアの外に立ちました。ところが拍手していたのはわが家だけ。呼びかけた主婦のもとに「拍手という美談で終わらせてあとは何もしない政府の回し者か」「お前の家はわかっている」といった脅迫があり、彼女はやむなく呼びかけの中止を表明。それでも拍手しようというイギリス人はほぼいなかったようです。

 コロナ禍が長期化する中で「拍手だけしていればいいのか」という疑問の声も大きくなっていました。私たちは看護師や介護士をヒーローのように扱っているけれど、その労働の市場価値のグロテスクなほどの低さは結局、何も改善されてないじゃないかと。

 昨年4月、ジョンソン首相がコロナに感染して重篤な状態になったときに、ICUで48時間献身的に看護して「一生感謝し続ける」という言葉を贈られた看護師をご記憶でしょうか。彼女はこの5月、「(看護師は)敬意を払われることもないし、相応の報酬も得られていない」という抗議の声明を発表し、職を辞しました。イギリス政府は今年、看護師の賃金の上げ幅を1%と勧告しましたが、物価上昇率を考えたら実質的な賃下げになると批判が広がっていた矢先でした。

 いまのイギリス政府に欠けているもの。それが私が新著『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』(文藝春秋)で論じている「エンパシー」です。立場の異なる人を理解する能力であるエンパシーは、ジェンダーやフェミニズムの問題解決のカギにもなると思います。しかし現代社会の構造上、他者へのケアを担うよう育てられている女性にとっては、気を付けるべき概念でもある。やりがい搾取につながりがちだからです。

 ブレイディみかこさんは1965年福岡県生まれ。10代の頃からパンクロックにハマり、20代の頃は旅費を貯めてはイギリスやアイルランドのライブハウスを巡った。96年、わずかな所持金で渡英するとそのまま永住し、現地で知り合った9歳年上のアイルランド人と結婚。現地で保育士として働きながら2004年にブログを立ち上げて以降、一貫して労働者の視点でものを書き続けている。

 私のイギリス暮らしも25年になりました。その間に、シティの銀行員だった配偶者はリストラされて大型ダンプの運転手に、一人息子は15歳になりました。息子が中学に入学してからの1年半を記録した『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)を上梓したのは一昨年のことです。本書で書いたエンパシー論は、意外にも、日本で大きな反響を呼びました。