文春オンライン

「お上もツラいのだから、私もがんばろう…」英国で暮らす私が、“エンパシーの搾取”に警鐘を鳴らす理由

ブレイディみかこさんインタビュー

note

エンパシーとは何か

 息子が通う公立中学の期末試験に「エンパシーとは何か」という問題が出て、息子は「自分で誰かの靴を履いてみること」と解答した。私は「いい設問だね。世界中の人たちにとって、それは切実に大切な問題になってきていると思うから」と声をかけた─全252ページ中の3ページちょっとしかないエンパシーエピソード。これに読者のみなさんが反応したのです。メディアの取材でもエンパシーのことばかり聞かれました。

 エンパシー(empathy)は1895年に初めて登場した言葉で、原語はドイツ語の「感情移入」を意味するeinfühlungです。アメリカのバラク・オバマ元大統領は子どもの頃、人類学者だった母親からこの言葉の意味を教わったそうです。彼は大統領時代、イスラム過激派のタリバンとの戦争を抱えていました。その解決にはエンパシーが必要だと考えていたようで、「世界の紛争はエンパシーの不足から起こっている」「エンパシーは世界を変える」と、スピーチのキーワードとしてエンパシーを繰り返し使いました。

『週刊文春WOMAN』 2021年 夏号

 エンパシーは「共感」と日本語訳されています。でも、共感なら「シンパシー(sympathy)」が定着していますよね。では、このシンパシーとエンパシーはどう違うのか。実は、これはネイティブにとってもなかなかの難問なんです。ちなみに私の配偶者は、息子の学校で「エンパシーとは何か」が出題されたと聞いたとき、「ええっ」と悲鳴を上げました。

ADVERTISEMENT

「それ、めっちゃディープっていうか、難しくね?」

 オックスフォード英語大辞典によれば、シンパシーとは「(1)誰かをかわいそうだと思う感情、誰かの問題を理解して気にかけていることを示すこと、(2)ある考え、理念、組織などへの支持や同意を示す行為、(3)同じような意見や関心を持っている人々の間の友情や理解」とあります。一方、エンパシーとは「他者の感情や経験などを理解する能力」とあります。