晩期マルクスの思想の新解釈から、気候変動などの環境危機を脱するヒントを探り、30万部のベストセラーとなった『人新世の「資本論」』(集英社)の著者の斎藤幸平さん。そして、不安定な時代を生き抜くためのブックガイドである『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)を上梓した堀内勉さん。「知の水先案内人」であるお二人に、先行きの見えない時代を生き延びるための教養・ビジネス書について語っていただいた。(全2回の1回目。後編を読む)
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斎藤幸平(以下、斎藤) 堀内さんは、日本興業銀行でMOF担(旧大蔵省担当)をなさり、ゴールドマン・サックス証券に転職、森ビルのCFO(最高財務責任者)も務めたというご経歴ですよね。まさに資本主義の最前線でキャリアを積まれたわけです。一方、私は『人新世の「資本論」』で痛烈に資本主義を批判し、脱成長まで提案している。そんな私ですが、さまざまな名著をベースにして、今日は堀内さんといろいろお話ししたいと思っています。
これからの社会が生き延びるために読むべき本
堀内勉(以下、堀内) 「堀内さんはずっとエリート街道を歩まれてきましたよね」と言われることがあるのですが、実際は挫折の連続で、結局はシステムの歯車として働いていたに過ぎません。とても充実した人生と言えるようなものではなく、自分の仕事に対する疑問を払拭できず、銀行も証券会社も退職することになります。そして、自分を取り巻くシステムである資本主義について、独学で研究を始めました。
しかしながら、「資本主義」という人間存在そのものに関わるテーマは壮大過ぎて、ビジネスや経済の分野からだけでは解明できない。必然的に、哲学、歴史、科学へと関心領域が広がっていき、古典から現代の名著まで200冊を紹介してまとめた『読書大全』まで書いてしまいました。
こうした私の目に、改めて資本主義のその先を展望する斎藤さんの著作『人新世の「資本論」』は、とても新鮮に映りました。特に、斎藤さんが次にどのような社会を構想なされているのかとても興味があります。本日は、われわれがこれからの社会が生き延びるために読むべき本を挙げつつ、資本主義のその先を考えていければと思います。
資本主義における労働は不断の競争に駆り立てる
斎藤 となれば、まず取り上げたいのは、マルクスですね。『資本論』でもいいのですが、今日は『経済学・哲学草稿』(カール・マルクス著)、いわゆる「経哲草稿」を紹介したい。これは彼が20代のときに書いた若さみなぎる作品で、まさに資本主義の歯車として働くことの「疎外感」を論じたものです。その中で彼は、資本主義における労働は、お互いを不断の競争に駆り立てる楽しくないものだ、と述べています。競争の激化によって、労働が、ご飯とお金を得るためだけの手段になっていて、人間が持っている様々な能力を失っていき、貧しい人生を送らざるをえない。本来の人間らしい自己実現や豊かさからは、程遠くなっていることを批判したのです。
私は大学生の頃にこの本を読んだのですが、みんな頑張って働いているのに幸せそうに見えないという、自分自身が社会に対して感じていた違和感をずばり見事に説明してくれていることに感銘を受けました。