晩期マルクスの思想の新解釈から、気候変動などの環境危機を脱するヒントを探り、30万部のベストセラーとなった『人新世の「資本論」』(集英社)の著者の斎藤幸平さん。そして、不安定な時代を生き抜くためのブックガイドである『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)を上梓した堀内勉さん。「知の水先案内人」であるお二人に、先行きの見えない時代を生き延びるための教養・ビジネス書について語っていただいた。(全2回の2回目。前編を読む)

◆◆◆

斎藤 『人新世の「資本論」』にもくわしく書いた通り、今まさに資本主義の限界や気候変動という危機的な状況にあります。興銀、ゴールドマン・サックス、森ビルCFOの経歴を持つ堀内さんに、是非お聞きしたいことがあります。果たして資本主義サイドには、われわれサイドへの歩み寄り、もしくは変革の動きはあるのでしょうか。

ADVERTISEMENT

「人間らしさ」に即した見方こそ経済社会の出発点

堀内 はい。じつはビジネスや経済の領域においても、人間らしさを考えることに注目が集まっています。私が『読書大全』のなかで最初に紹介した『道徳感情論』(アダム・スミス著)から説明させてください。アダム・スミスが前提としているのは、古典的な経済学で想定される単なる合理的経済人ではなく、相手に「共感」や「同感」するリアルな人間です。スミスは、秩序というものは抽象的な「べき論」ではなく、相手との生身のやりとりや共感を通して出来ていくのだ、とします。だから、トマス・ホッブズが言うように、「法という社会契約を結ばないと、血で血を洗う『万人の万人に対する闘争』になる」と、ことさらに言い立てる必要はない。これはいわゆるイギリス経験論の考え方ですが、人間をきめ細かくかつ深く観察している。私はこうした人間の現実に即した見方こそが、すべての経済社会の出発点であるべきだと思っています。

堀内勉さん

 2冊目は『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(マックス・ヴェーバー著)です。ここでは、プロテスタンティズムの世俗的禁欲主義が、資本主義の精神に合致していることが、逆説的に説明されています。これが現代の労働観のもととなっている一方で、いまや当時の宗教色は完全に失われ、利潤追求だけが自己目的化しています。3冊目は『経済学は人びとを幸福にできるか』(宇沢弘文著)です。シカゴ大学で数理経済学者として大活躍していた宇沢先生。けれども日本帰国後は、リアルな人間がどうしたら幸せになれるかを考える、より現場に近い活動家としての経済学者に変わっていくのです。