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足が速い、肩が強い、動きがよい…落合博満監督を楽しませ続けた“ナンバーワン控え選手”が見せた“最後の雄姿”

『落合博満論』より #2

2021/07/21
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 当日、私が列に並んだのは午後2時半であった。夏休みとあって、親子連れがたくさん並んでいたのだが、運よく300名のなかに入ることができた。

 ほかの選手には申し訳なかったが、この日だけはブランコ以外の打撃練習を見ていても上の空であった。ブランコ早く! ブランコ早く! と、ブランコ選手が登場するのを待ちこがれていた。

 ブランコ選手は、その4日前のヤクルト戦で左肘に死球を受けて途中退場していた。その左肘の怪我の具合も気になっていた。

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©文藝春秋

落合監督の現役時代を彷彿とさせるフォーム

 球場がざわつき始めた。待ってました! ブランコ! いよいよブランコ選手の打撃練習が始まった。やっぱり左肘を気にしているようで、思いっきり引っ張らずに軽くライト打ちに徹している。

 力を入れずにライト方向に打つのだが、それがそのままライトスタンドにぽんぽん入っていった。私の目から見ても、ブランコの調子は落ちている。その落ちた調子を上げるには、本気モードになってガンガン打ってはいけない。軽くライト打ちに徹するのがよいのだと、ブランコ選手はわかっている。軽く、軽くと自分に言い聞かせながら打っている。

 ライト中心の打撃がだんだんセンター中心になってきた。バットの振りが強くなってきた。

 体が前に突っ込まず、そのままくるっと回転するように打った。落合監督の現役時代を彷彿とさせるフォームであった。

 そういえば、落合監督の現役時代のホームランはふわっとボールが上がって、ホームランだと確信を持つまでに時間がかかった。

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日本人野球の匂い

 だからといって、観客席最前列にギリギリで入るせこいホームランではなかった。省エネホームラン、余計なエネルギーは使いたくない、というホームランであった。爪楊枝でゴマを弾くように打っていた。まさしく日本人野球の匂いがしたのだ。

 ブランコ選手からは、体格は目を見張るほど大きいのだが、不思議に日本人野球の匂いがしていた。落合監督に引きだしてもらった自分の素質をどうやって磨いていけばよいのか、ああでもない、こうでもないともがいていた。