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 ではなぜ、英智はそういうプレーを観客に見せたいと思うのか。それは、落合監督が彼にそういうプレーを期待していたからだ。英智は、どんなときも落合の期待に応えたかったのだ。

落合と野球ができる幸せ

 英智は子どもの頃から落合のファンであった。その落合が中日の監督になったときに、一番喜んだのは英智であった。落合の存在が身近になることで、野球が楽しくて楽しくて仕方がなかった。落合と野球ができる幸せを感じて野球をやっていた。

©文藝春秋

 この英智が2006年、2試合連続でお立ち台に上がったことがあった。

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 1試合目のお立ち台では、

「代えられるんじゃないかと、ベンチを4回見たのですが、自分の音楽が鳴りだしても(落合)監督がベンチから出てこないから、これは代えられないと思ったので、頑張りました」

 2試合目のお立ち台では、

「今日は監督に代えられない自信がありました。バッターボックスでちょっと間を外したのは、いい打者はこんなふうに間を外すことがあるな、と思って。それがよかったです」

 と、言っていた。

 英智のなかには、いつも落合監督がいるのだ。落合監督にファインプレーを見せたいのだ。いつも、落合の照り返しを受けながら野球をやっているのが、本当に楽しそうだった。

母親のために、ライトスタンドに向けて遠投

 2012年、英智の引退セレモニーは最高であった。恐らく何も考えず、その場で即興の挨拶をしていたが、本当に言葉が生き生きしていた。

 2011年に監督を退いていた落合は、この引退セレモニーにはいなかった。

 英智はセレモニーの最後、一度も試合を観にきてくれなかった母親のために、ライトスタンドに向けて遠投した。彼は、このシーンを落合監督に球場で観て欲しかったにちがいない。

 英智は最後の最後まで、落合の期待する見せ場をつくった選手であった。そう言っても過言ではない。

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