80歳を超えてもトラウマに苦しみ続けた女性
起きている間は希死念慮に悩まされ、寝ている間も、必ず悪夢を見る。夢の内容は大体がトラウマの再体験で、殴る蹴るの暴力を受けているときの痛み、苦しみ、恐怖を強く感じるため、突然「助けて」「やめて」と叫んだり、抵抗しようとして腕や足を振り回したりしながら飛び起きる日が、もう何年も続いていた。
私が心から絶望したのは、名前も顔も知らない、遠くの老人ホームで人知れず亡くなった女性の話を、1年半ほど前に新聞か何かで目にしたときだった(元の記事を検索してみたが、たどり着けなかった)。たしか彼女は認知症の影響で自分が誰なのかもわからない状態だったが、幼少期に父親から継続的に受けていた性的虐待の記憶から、パニックに陥ることが頻繁にあったという。80歳を超えても幼少期のトラウマにとらわれ、「口の中に虫がたくさん入ってくる」「お父さんやめて」などと叫んだり、悪夢に苦しみ続けた彼女の人生が、自分と重なって思えた。
くる日もくる日も「こんな夢を見続けるなら死んだ方がいい」と思いながらも、同時に「いつか時間が解決するだろう」とひそかに抱いていた淡い期待が、そんな話を耳にしたことで一瞬にして打ち砕かれてしまった。老女の苦しみがどれほどのものだったか、どんなに長かったのか、私にはとてもわからない。しかし、彼女の身に起きていたことは他人事に思えず、気が付くと私の目からは、堰を切ったように涙が溢れ出ていた。
藁にもすがる思いで行き着いたスキーマ療法
その日以来、私は生きるのが一段と嫌になった。悪夢は容赦なく襲いかかり、日に日に恐怖は増大していく。とはいえ、すぐに死のうと思いきるだけの力も残っていなかった。そうして生きるか死ぬか葛藤している間にも、私は悪夢やフラッシュバックに悩まされていて、とにかくその苦しみから逃れたい一心で、知人に勧められるまま、ダメ元でカウンセリングを受けてみようと思い至ったのだ。
担当してくれることになった心理士によれば、私にはまず「認知」を変える治療が必要だということだった。29年かけて私のなかに深く根付いたトラウマや認知の歪みを治癒するために、複数ある治療法のなかから「スキーマ療法」という方法が採用された。「スキーマ療法」とは、アメリカの心理学者であるジェフリー・ヤングが生み出した治療法で、「認知行動療法」を中心にさまざまな心理療法の理論や技法を取り入れた統合的な心理療法のことだ。