ニホンオオカミが絶滅した一因である憑き物落とし
水を処理してきれいにし、ポンプによって送水をする近代水道が始まったのは、1887年からだ。その年の10月に、横浜で水道の給水を開始。その後、函館、長崎、大阪、東京、神戸と次々に給水が開始された。
このように急速に水道が敷かれていった背景には、水系伝染病であるコレラの大流行がある。1822年、日本ではじめてコレラが発生する。これは第一次の世界的流行の影響であり、西日本から東海道にまで広がった。
第二次の世界的流行を日本は免れたが、第三次の世界的流行が日本に襲いかかる。1858年から3年に及ぶ流行は、死者3万人を超え、攘夷思想にも大きな影響を与えたといわれている。1853年のペリー来航から、日本には外国船が次々と押し寄せた。多くの人々は、コレラは異国人がもたらした悪病と考えたのだ。そのため、異国人に対する排斥思想(攘夷思想)が高まっていった。歴史は政治思想によってのみ動くのではない。複合的な要因により、形づくられているのだ。
また、コレラなどの疫病を退治するために、中部・関東地方では、秩父の三峯神社や武蔵御嶽神社などニホンオオカミを神様の使いである眷属として、憑き物(人にとりついて災いをなすとされる動物などの霊)落としに霊験あらたかな「眷属信仰」が盛んになった。
その結果、憑き物落としに使うニホンオオカミの遺骸の獲得を目的とした捕殺が増えたことが絶滅の一因になったと考えられている(『続・人類と感染症の歴史 新たな恐怖に備える』加藤茂孝著、丸善出版)。
現在では、改善されつつあるとはいえ、たとえばコレラ・チフス・赤痢などの病原菌をふくんだ水や、自然環境中に広く存在しているヒ素が基準以上にふくまれている水を飲まざるを得ないなど、いまだに世界には安全な水を飲めない人々がいる。
2017年時点でも、毎年52万5000人の五歳未満児が下痢によって命を落としている。トイレの不足など不衛生な環境と汚染された水が原因とされるが、水に関係した衛生状態の改善により、予防をすることができる。また、ヒ素で汚染された地下水の飲用による慢性ヒ素中毒は、インド・バングラデシュをはじめ、世界各地で発生している。