ドイツの町ゲッティンゲンで美術史を研究する「私」のもとに、あるとき来訪者が。古い知人の野宮だ。彼は震災で行方不明になったはずだったのだが……。
「私」が体験する不思議な出来事を通して、人や場所の記憶と向き合っていく『貝に続く場所にて』が、第165回芥川賞に輝いた。
著者の石沢麻依さんは、主人公と同じくドイツ在住。7時間の時差があるので、受賞の報せを受けたのは朝10時のこと。
電話が鳴った瞬間は、本を片付けている最中だった。
「落ち着かないときはいつも、本を整理することにしているので。でも報せに驚いた弾みで、せっかく整頓した本は崩れてしまいました」
この4月に同作で群像新人文学賞を得たばかり。デビュー作が芥川賞もとることとなり、とまどいとともに「おそろしさ」を感じているという。
「感情が追いつかないほどの急展開に怯えていますし、大きい賞をいただいたからには書き続けなければいけない、自分はこの先だいじょうぶなのかという自己不信もある。そして何より震災というテーマを扱っており、入ってはいけない場所に土足で踏み入ってしまうのではないかという不安や違和感。いろんなものが混ざって、おそろしい気持ちになってしまいました。
書くということによって、現実そのままを表すなんてできないと思っています。書くとは現実を自分の視点で切り取って、額縁のような枠に収めるような行為ではないでしょうか。その切り取り方が果たして正しいのだろうか。対象に対して適切な距離をとれているかどうか。いつもその前で躊躇してしまいます」