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「植物も満足に育てられません」

「はい、私が作者ではあるのですが、たとえば誰かの手によって精密な時計が作られたとして、それがいったん動き出せば時計は自律してずっと動いていくわけです。作り手の出る幕はもうありませんよね。今作についても、作者の私のことなんて忘れてもらって、その分の関心を中身のほうにすべて振り向けていただけたら。作中に出てくる本や絵画に、実際に触れていただくきっかけになってほしい。夏目漱石や寺田寅彦だったり、古い時代のドイツの絵画を、気になるから観てみるよと言っていただけたら、私はすごくうれしいですね。

 そうは言ってももちろん、受賞は素直にたいへんうれしく思っています。候補に入るだけでも驚きだったのに、賞にまで選んでいただくなんて信じられないほどのことです。それによってたくさんの人が作品を読んでくださるかもしれないですし、デビュー以来サポートしてくださっている編集者の方々に対してもすこしはお返しができたのだとしたら、本当によかったです」

貝に続く場所にて』(講談社)

『貝に続く場所にて』の作中には、さまざまな本や絵画への言及がある。それらは石沢さん自身が愛し、糧としてきた作品なのだろうか。

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「その通りです。美術は研究をしているからもちろん日常的に触れますし、本も小さいころから好きで読み続けてきました。私にとって本を読むというのは、食べることや眠ることのような生理的欲求と同じレベルで必要なこと。本がなかったら私は廃人になるか生きることをやめていたんじゃないかというくらいです。『読む』と密接につながっている『書く』も含めて、それらは私の中で生命維持活動の一部になっていますね。

 でも私は鑑賞すること全般は好きなんですが、書くこと以外ははまったく才能がありません。美術を研究しているのに、絵を描くことも、音楽を奏でることも、歌うこともダメ。あと運動神経もさっぱりです。植物も満足に育てられません」