文春オンライン

2021/07/17

 人間は同一性の設定を間違ってここまできてしまったんじゃないかな、ということは考えますね。僕らは資本主義リアリズムの中で「あなたはこういう人ですよ」と刻印を入れられているけれど、それは錯覚なんじゃないかと。

 でも、自己と他者というものを資本主義リアリズムというATフィールドでカバーしている限りは、それが壁となって絶対に向こうに行けない。ただその壁の向こうの、形のない時間が主体となる場所に行けたら、今とは全然違う世界になる。これはまだ説明が難しいですけれど。

――ああ、分かる気がします。そうした認識の転換の先に、今の自分が感じている自分に限定されなくなる可能性を感じて、なんというか、勇気が出てきます。

佐藤 僕だけじゃなくて、ドゥルーズやフーコーやベルクソンとか、そういうところにトライした哲学者の系譜はあるんです。おっしゃる通り、それってなんか勇気づけられますよね。

どういう人間とスパーリングしてきたかが強さに繋がる

――佐藤さんは福岡出身。中学生の頃、お父さんのペンキ屋の仕事を手伝っている時に、「違うライフ」がほしいと思って本を読み始めたんですよね。2004年の26歳の時に「サージウスの死神」という小説を書いて群像新人文学賞に応募して入選、作家デビューを果たしますがその後はなかなか本も出せず、アルバイト生活が続き、2016年に江戸川乱歩賞に応募して『QJKJQ』で受賞する。

佐藤 ひどい目に遭ってきました(笑)。最近は作家の仕事ってひどい目に遭うことなんだなって思ってますけどね。ひどい目の遭い方が面白いかどうか。ブコウスキーもひどい目に遭っているし、エドガー・アラン・ポーは野垂れ死んでいるし。芥川も太宰も三島も、面白い作家はみんなひどい目に遭っている。

 

――働いていた19歳の時に、詩人の河村悟さんと出会ったのも大きかったそうですね。河村さんは学生時代に全共闘の活動家で、詩人となってからは土方巽らとも交流があったという。

佐藤 ボクシングとか格闘技でも、どういう人間とスパーリングしてきたかが強さに繋がりますよね。相撲だって強い相手がいるところに出稽古に行く。

 そういう意味で、河村さんのような化け物じみた文学者とスパーリングしてきたり、最近だと危険地帯ジャーナリストの丸山ゴンザレスさんとスパーリングして、雑巾のようにボロボロにされるのを繰り返す中で、いつの間にかいろんな方面に対応できるようになっていました。

 もちろん、会話や行動を共にして学ぶという意味でのスパーリングですよ(笑)。特に若いうちに「この人、壁になる人なんだな」というのに食らいついていくのは大切だと思いますね。

――昨夜、受賞後、河村さんとお話されたりしました?

佐藤 当然ながら連絡なんてないですよ。文学賞獲って「おめでとう」と言うような人じゃないですから。ほとぼり冷めた後に連絡くるんじゃないですか。ただ、なんとかしてニコ動を見ようとしている話は聞きましたけど。

――え、元全共闘の議長代行が弟子のためにニコ動を……と思うとなんだか胸熱。ところで、今こうして注目を集めていますが、「僕はどっちかっていうと忘れられたいほう」とおっしゃっていましたよね。

佐藤 サッカー見ていても、目立つ選手はずっと2人とかにマークされて、僕らが見ていても大変そうじゃないですか。でも忘れられている奴ってノーマークだから、パスがきたらパーッと行ける。僕はマークがない状態が楽しいですよね。それだけ新しいことをやるチャンスがある。

 

 だいたいビートルズだって、最初は誰もマークしていなかったのがいきなりバーンといったじゃないですか。そして最絶頂の時にまさかのツアーをやめるという選択。面白いですよね。今、そんな人たちいないじゃないですか。

――佐藤さんは突然やめずに本を出し続けてくださいよ?

佐藤 やめようかなと思っているんです。ユーチューバーになろうかな。

――そういう冗談はやめてください(笑)。

撮影=松本輝一/文藝春秋

テスカトリポカ

佐藤 究

KADOKAWA

2021年2月19日 発売

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