「昨年コロナ禍で在宅時間が増えた時に、信頼している友人から『愛の不時着』を薦められて観てみたら、恋愛ドラマが好きというわけでもないのに、ものすごくハマってしまいました。これがきっかけで、NHKラジオのハングル講座を聴き始めました」
そう語るのは、経済誌の記者を16年間務め、女性の労働問題を取材してきたフリージャーナリストの治部れんげさん。20年来の海外ドラマファンだという治部さんが「ジェンダー」という視点で各国の作品を比較、分析したのが本書だ。
Netflixが配信して大ヒットした韓国ドラマ『愛の不時着』は、パラグライダー事故で不時着した韓国の財閥出身女性が北朝鮮の軍人男性と大恋愛する、いわば現代版「ロミオとジュリエット」。一見オーソドックスな物語が、なぜ世界中の視聴者の心を掴んだのか。
「高評価の理由は、恋愛要素より、固定的な性別役割分担の逆転、有害な男性性のないヒーロー像にあると思います。ヒロインのセリ(ソン・イェジン)は、実は父親の愛人が産んだ子で、むしろ不遇な立場。苦しみながら育った彼女は独力で企業を立ち上げた『起業家女性』なのです。一方、セリを匿う兵士ジョンヒョク(ヒョンビン)は、料理を作るなど身の回りのお世話、つまり『無償ケア労働』をする。そして互いに命をかけて相手を守り合います」
近年、韓国は他に『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』『SKYキャッスル~上流階級の妻たち~』など、ジェンダー意識の高い作品を生み出しているという。
「日本と韓国は女性の置かれた状況の厳しさは似ています。就職先の幅の広さなどを考えると、韓国の方が若干酷い。ただ、それゆえ、韓国のショービジネスの世界では、社会構造が抱える課題に対する責任を負う意識があります。たとえば韓国のNetflixでは、作品を作る際、社会問題を啓蒙する内容を一つは入れることにしているそうです」
本書は韓国、アメリカ、日本、欧州とカナダの四章に分け、各国のエンタメ性の高い作品を紹介している。
「ドラマって、疲れているから、スカッとしたいから観るもので、面白いかどうかはとても重要ですよね。私の場合、つまらないと途中で離脱してしまう(笑)。社会問題への意識が高くても、お勉強チックに感じてしまうと、個人的にはあまり面白く思えません」
ジェンダーの視点からも非常に面白いと感じたのが、アメリカの政治ドラマ『ハウス・オブ・カード:野望の階段』。主人公はケヴィン・スペイシー扮する民主党のベテラン議員と妻だ。
「この夫婦にとって最も大切なことは大統領の座を手にすることで、2人とも性格が最悪です。この作品の新しさは、女性を『平和の使者』や『理想主義者』のイメージに留めないこと。登場する女性たちの行動原理はケアや愛とは無縁で、自らの野望と保身、私的欲求以外の感情をあまり表に出さないのです」
日本のドラマの章の執筆は気が進まなかったという。
「一部を除けば、日本のドラマが描く女性像は、私の価値観とは相容れないことが多いからです。かわいらしすぎたり、既存の社会規範に従順すぎて、現実よりも遅れている印象です。日本のドラマに不満がある人は可処分時間をNetflixなどに費やしています。そういった視聴者の変化に、テレビ制作の意思決定をする立場にある人は気がついていないのでしょう。日本のドラマが抱える問題の原因は、つまるところ、企業の経営にあるのではないかと思います」
じぶれんげ/1974年生まれ。一橋大学卒業後、日経BP社にて経済誌記者を務める。2014年よりフリージャーナリスト。現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。著書に『稼ぐ妻・育てる夫』など。