「もし本当にお亡くなりになっているのであれば、校了まで時間はありませんが、うちとしては特集を組まないわけにはいきません」
立花さんの訃報が出る6月23日の前夜、私の携帯電話は鳴りっぱなしだった。問い合わせの内容はすべて同じ。立花さんが亡くなったという噂があるが、本当か。
私は立花さんの個人スタッフを長く務めたので、何か知っているだろうと思われたのだろう。実際、私はその日の夕方に関係者から聞かされていた。噂は本当だと知っていたわけだが、公表まで黙っておくことを言い含められていたので、知らぬ存ぜぬを貫いた。嘘をついたことをこの場を借りてお詫びしたい。
さて、このとき私に電話をかけてきた月刊「文藝春秋」編集者の一人が言ったのが冒頭の言葉である。たしかに時間はない。他の企画との調整も必要になる。それでもやらなければならないという覚悟をその言葉に感じた。
それと同時に、そうか、こうすればいいのかと妙に納得もさせられた。記事を書き、特集を組むことが立花さんを追悼する最も良い方法なのだ、と。私は立花さんの逝去を知ったばかりで、頭がぼんやりしていたが、活を入れられた気がした。
翌朝、NHKや新聞各紙で伝えられ、文藝春秋編集部にも号令が下された。かくして私も部分的に手伝って出来上がったのが「文藝春秋」8月号の「追悼 立花隆『知の巨人』の素顔」である。ここでは9人の執筆陣による寄稿を読みながら私が思い出したこと、印象に残ったことを記したい。
組織と集団を解いていく視座
特集1本目で柳田邦男氏(ノンフィクション作家)は立花隆著『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』(文藝春秋)に触れ、立花さんが画家・香月泰男の内面に深く迫り、〈“人間・香月泰男”の彫像を彫り上げたのだ〉と記している。「彫像を彫り上げた」という表現に、私は膝を打った。立花さんはまさに彫刻家が鑿で石や木を彫って彫像を作るように原稿を作っていたからだ。
特集2本目の後藤正治氏(ノンフィクション作家)による〈(田中角栄研究の後)『農協』『日本共産党の研究』といった著が刊行されていくが、共通して見られるのは、個々の人物よりも、組織と集団を解いていく視座である〉という一文からは、以前、立花さんや、立花さんが講師を務めた立教大学のゼミ生たちと一緒に訪れたゲイバーでの経験を思い出した。このときバーのマスターを務めていた評論家で小説家の伏見憲明氏が「『日本共産党の研究』の愛読者なんです」と立花さんに声をかけ、「共産党の組織構造が、ゲイの世界にそっくりだから」と語っていたのだ。
後藤氏は〈(立花さんの)解析力の切れ味は抜群〉とも書いている。なるほどだから立花さんの一連の著作はゲイの世界も含めて普遍的な組織論、集団論として読めるのかと合点がいった。