ネコビルの“ネコ”はいかに描かれたか
立花さんの事務所、通称ネコビルのネコの顔は、間違いなく私が最も多く目にしたネコの顔である。その顔がいかに描かれたのかが特集7本目の島倉二千六氏(画家)の寄稿を読んでよくわかった。事務所完成後、立花さんは島倉さんに「これは名所になるね」と言ったという。たしかに私が事務所通いをしていた頃、ネコビルの前で写真を撮る人の姿を何度か目にした。
特集8本目の筆者は、スタジオジブリプロデューサーの鈴木敏夫氏。立花さんとジブリといえば、ジブリ作品『耳をすませば』(1995年公開)の主人公・月島雫の父親役として出演したことだが、その発案は宮崎駿監督だったという。その理由はなるほどと思わせる。ちなみに私が立花さんのしゃべり方の特徴を意識したのは、『仁義なき戦いシリーズ』『バトル・ロワイアル』などで知られた深作欣二監督のロングインタビューの音声を聞いた時である。立花さんの話し方に妙に似ているなと気づき、深作監督の出身地を調べると立花さんと同じ水戸だった。なるほどこれが水戸弁かと思った。
特集の最後を飾るのは、立花さんの元担当編集者で、文藝春秋社元社長の平尾隆弘氏。この記事を読んでつくづく思い知らされたのは、私はまだまだ立花さんのことを知らないということだ。立花さんが研究者に邪険にされかけた場面など、私は見たことがなかった。平尾氏は、立花さんの赤字修正作業の念入りさについても言及している。特集1本目で柳田氏は立花さんが文章を〈彫り上げた〉と表現していたが、平尾氏の述懐から彫る作業の具体的な様子をうかがい知ることができる。
最近、立花ゼミの同級生の一人が「ようやく立花さんが角栄研究や政治ものの著作で書いていることがわかるようになってきた」と言っていたが、その通りだと思った。私も彼も理系出身で、政治の世界に元々疎かったという面はある。だが、40歳を過ぎ、ある程度、戦後政治史の流れが頭に入ってきたせいなのか、あるいは立花さんが徹底的に糾弾し、その後、次第に下火になった自民党の派閥政治が再び甦る兆候を見せているからなのか、立花さんの過去の著作が滅法面白く感じられるのである。立花さんの著作を本格的に味わえるのはこれからかもしれない。本特集は、立花隆作品の格好のガイドになるだろう。
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「追悼特集・立花隆『知の巨人』の素顔」は、「文藝春秋」8月号および「文藝春秋 電子版」に掲載されています。
すべての仕事は立花氏の「死生観」に凝縮された