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未解決事件を追う

かつての本拠地を訪ねてみると…白装束集団「パナウェーブ研究所」が18年間で激変してしまったワケ――2021上半期BEST5

白装束集団の今 #2

2021/08/25

genre : ニュース, 社会

2021年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。国内部門の第1位は、こちら!(初公開日 2021年5月8日)。

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 今から18年前のゴールデンウィーク。白装束に身を包んだ謎の集団に、日本中が注目していた。白い頭巾、白いマスク、白い長靴、そして白衣に身を包んだ集団が、白い車両20台ほどとともに岐阜県の林道を占拠していたのだ。その前年、ドライブ中に偶然白装束集団とすれ違っていた私は、テレビで彼らの姿を目にすると、すぐさまカメラを持って現地に向かった。

 2003年5月10日、彼らが福井県の本拠地へ帰還したことで、大騒動は幕を閉じた。だがそれからも、白装束集団はメディアの目を避けるように、ひっそりと活動を続けていたことは、あまり知られていない。彼らは一体何者だったのか。私がこれまで追いかけてきた白装束集団「パナウェーブ研究所」の“その後”について、最新情報も含めて報告したい。(全2回の2回目/前編から続く

2003年当時の「パナウェーブ研究所」本拠地 ©鹿取茂雄

騒動の3ヶ月後に起きた傷害事件

 私が追いかけていた2003年5月の10日間、コンビニ等でパナウェーブ研究所の人たちとバッタリ鉢合わせることも何度かあった。やはり電磁波を気にしているのかと思いきや、彼らは普通に携帯電話で通話したりしていた。キャラバン隊の中には、教祖・千乃裕子氏の主張を信じている人もいれば、おかしいとは思いながらも仕方なく従って活動している、我々と変わらない感覚の人たちもいる――そのように感じた。

 千乃裕子氏にもぜひ会って話を聞きたかったが、彼女が車から降りることは一切なく、接触することはできなかった。

 5月10日には、日本中のメディアを騒がせた大移動が終わり、白装束集団は本拠地に落ち着いた。しかしその後、施設内では傷害事件が起きている。騒動の3ヶ月後、2003年8月に1人の信者が熱中症と外傷性ショックにより死亡し、後に別の信者5名が傷害容疑で逮捕された。

福井県にあるパナウェーブ研究所の本拠地(2003年撮影) ©鹿取茂雄

 また、2004年にはカラスに餌付けして、近所とトラブルにもなった。その度に一応報道はされていたが、扱いは小さなものだった。さらに時間が経てば、話題に上ることさえなくなっていた。

メディアの“熱狂”は正しかったのか?

 施設内で傷害事件が発生している以上、教団が抱える粗暴性は否定しない。しかし、キャラバン隊が活動していた当時、彼らは他人に危害を加えてはおらず、犯した罪といえば道路交通法違反だけだった。

記者会見に向かうパナウェーブ研究所のメンバー(2003年撮影) ©鹿取茂雄

 だが、多くのメディアは現場の声ではなく、警察庁長官の「初期のオウムに似ている」という発言ばかりを報じ、「おかしな恰好で、おかしな主張をする」彼らに執拗にカメラを向けた。そして、ついには我慢できずにキレた信者の様子を繰り返し放送した。林道を占拠したり、フロントガラスに渦巻き模様を貼り付けるというのは、確かに違法行為なのだが、一方でメディアの報じ方にも問題があったように思う。