私は人間よりも犬が好きなんよ
それは事件について尋ねるのは、彼女との信頼関係が構築されるまで我慢するということ。迂闊(うかつ)な質問で機嫌を損ねて面会を打ち切られないよう、もっとも危険な“地雷”は、まず除外したのである。
17年6月から11月まで、京都地裁でのべ38回にわたって開かれた千佐子の裁判員裁判では、彼女がしばしば不機嫌になったり、苛立って声を荒げる姿を目にした。とくにそれは、自身の犯行について繰り返し尋ねられたときに顕著だった。そのことから、面会の初期は若い頃を過ごした地元の話や、過去の楽しかった思い出、さらには趣味など、千佐子が興味を抱く話題に終始した。
「うわっ、懐かしい。先生な、私にとっていちばんよかった時代が、北九州での高校時代なんよ」
私が北九州市の出身だと明かすと喜んだ彼女は、最初からこちらを「先生」と呼ぶ。またあるときは次のようなことを言う。
「私は人間よりも犬が好きなんよ。実家でも子供の頃から犬を飼っとってな、名前は『エス』いうの。もうずーっと犬は飼い続けとるから。それで事件で逮捕される前まで飼っとったんは、前進いう意味のアドバンスを縮めた『アド』ちゃんいう4歳のシーズー。ほんで自分が逮捕されそうとわかって、まずした心配が犬のことやった。子供らはそれぞれ(結婚)相手がいるから心配いらんやろ。子供より犬のことを心配してたから」
聞けば、千佐子は逮捕前に弁護士へ相談をしており、自分の逮捕が不可避であることを知っていたという。だが彼女はその話の重要性よりも犬のほうが気になるらしい。
「自分が逮捕されることがわかってな、弁護士に相談して犬の引き取り先を募集してもらったんよ。血統書付きのいい犬やったからね。もう、こーんなに応募が来た」
両手を広げて数の多さを表現する。そして彼女自身の手で、逮捕前に飼い犬を京都の人に譲渡したのだと嬉しそうに語る。
地元、犬の話題に続いて千佐子が好んで話したのは、自分の結婚が間違いだったということと、最初の夫の実家について、「意地悪をされた」との思い込みに基づいた悪口だった。
「(互いの親に)反対されたのに、それを押し切って結婚して大阪に来たのが人生の失敗やわ。それでこんなバチが当たったんやと思う」