平然と噓をつける筧
その言葉から、彼女は自分自身が悪いとは考えていないこと、己が現在の苦境に陥ったのは、運命や環境が悪かったからと考えていることが窺える。
そこでの話の流れで、夫の正一さんが本家の次兄がやっている運送会社に勤めていたが、給料が安いため『矢野プリント』を立ち上げたのだと彼女が漏らしたことから、裁判でも取り上げられた、彼女が同社の元従業員から100万円単位の借金をしていたことに触れた。
「たしかにおカネは借りたけど、私はもう返済してるよ」
その件については、相手の所在がつかめず、裏取りができない。肝心なのはここからだ。裁判ではその人物のほかに、もう一人、古くからの友人である又賀友里恵さん(仮名)という女性からも借金していたことが明かされていたのである。
じつは事前の取材によって、千佐子が11年に大手証券会社による未公開株についての投資を彼女に持ち掛け、1100万円を預かったのだが、返済されていないとの確実な情報を私は得ていた。
「じゃあ、又賀さんへの借金は?」
私の質問に、千佐子は表情を変えずに即答する。
「又賀さんにも借金あったけど、それも全部返してる」
しれっとした噓だった。
私は「そうなんですね」とだけ返した。
いまはまだ千佐子を追及するわけにはいかない。もう少し時間をかける必要がある。とはいえ、彼女が平然と噓をつけることについては、胸に刻んだ。
5回の面会を終えて東京へ戻った私を待っていたのは、彼女から次々と届く手紙だった。
面会を望んでいるのか、最初の手紙からして、1枚の葉書のなかに〈関西に御用の時、おたちより下さい。待ってまあ~す〉だけでなく、〈人こいしいので、お会いしたいで~す〉や、〈来て下さる事お待ちしてま~す〉との言葉が詰め込まれている。
また、千佐子の誕生日である11月28日に書かれた手紙には、本日は誕生日だが〈何才か? 聞かないで下さい(内緒)〉とあり、〈今わかったことですが、おバンになったと口では言ってますが、本心は全く若い時と変わっていませんネ……五体は年相応におとろえているのに、気持ちは、心は、全く変わっていませんものネ。心と体は別ですネ〉と、女性を意識させる言葉が連なっていた。
またその翌日の手紙には〈来阪の折は手ブラで(本当に)だまって帰らないで面会に来て下さいネ(しつこいですネ)〉と、ふたたび面会を待ちわびる言葉が綴られている。
結局、次に面会するまでの12日間に、6通の葉書と一通の封書が届いたのだった。