「蚊も人も俺にとっては変わりない」「私の裁判はね、司法の暴走ですよ。魔女裁判です」。そう語るのは、とある“連続殺人犯”である。
“連続殺人犯”は、なぜ幾度も人を殺害したのか。数多の殺人事件を取材してきたノンフィクションライター・小野一光氏による『連続殺人犯』(文春文庫)から一部を抜粋し、“連続殺人犯”の足跡を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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CASE1筧千佐子
近畿連続青酸死事件
京都南西部、向日市の住宅地で、事件記者が熱を帯びたように取材する姿が見られたのは2014年3月。“熱源”である筧千佐子(68)のまわりでは、20年間に10人以上の高齢男性が死亡していた。夫や内縁関係になった男たちの死を見届けると、配偶者の立場や「公正証書遺言」を最大限に利用し、遺された財産を手に入れていた千佐子。人の死を金に換える、その「プロの仕業」と言える手法が、「後妻業の女」として話題を呼ぶ。17年11月に京都地裁で死刑判決が下され、彼女は即日控訴した。
「はい、質問。私な、死刑判決を受けたやんか。いつ頃執行されるの?」
2日前に死刑判決を下された彼女は、その日初めて会った私にいきなり尋ねてきた。
2017年11月9日、京都拘置所の面会室でのことだ。
私は過去に、最高裁で死刑が確定するのはほぼ確実という、殺人事件の被告5人と面会したことがあった。だが、いずれも面会に際して「死刑」という言葉をこちらから使ったことはなく、先方が使うこともほとんどなかった。それほどにセンシティブな単語であると考えている。だが彼女、筧千佐子(かけひちさこ)はその壁を軽々と超えてきた。
心中の驚きを顔に出さないようにして、あっさり言葉を返す。
「まだまだ先ですよ」
しかし彼女はよほど答えが知りたいのか、間髪を容れずに質問を継ぐ。
「具体的には?」
「いやいや、高裁や最高裁がまだあるでしょ。刑の確定までに2年近くかかると思いますよ。しかも、確定したってすぐに執行されるわけじゃないです……」
その言葉に続けて、自分がこれまでに会った死刑囚の全員が、最高裁で死刑が確定して6年以上経っているにもかかわらず、1人としていまだに刑が執行されていないことを告げた。
「私いま70でしょう。75まで生きられるんかなあ?」
この月に誕生日を迎える彼女は、20日も経たずして71歳になる。これからも数年は裁判が続き、さらに数年は執行されないことが予想されるため、「そら生きてるでしょう」と口にした。
あらためて目の前の千佐子に目をやる。
派手な赤いセーターを着た彼女のショートヘアーはほとんど白髪で、年相応に頰はたるみ、伸びた眉毛が左右に垂れている。しかし滑舌(かつぜつ)は良く、やや早口で遠慮のない物言いは、いかにもお喋り好きのおばちゃんといった印象だ。
被告人との面会は、相手がもう会わないとなった時点で終わってしまう。千佐子と対峙(たいじ)する私の頭のなかは、これから先、いかにして彼女との面会を打ち切られないようにするかということで、占められていた。