「その場所で先輩の彼女、2日前に自殺してるよ!」
飲むと興奮しがちなタチではあるが、Mさんの声色におふざけではないものが漂っているのはわかった。なにより「ヤバいってヤバいって!」と騒ぐ背後の友人たちのざわめきが心をかき乱した。
「あの、何がヤバいのよ! どういうこと?」
「多分、その場所で先輩の彼女、2日前に自殺してるよ!」
そんな話はまるで初耳だった。ジワっと全身に汗が滲み、心臓の鼓動がにわかに早くなる。つばがうまく飲み込めなかった。
「なんか先輩、彼女さんの葬式に出るの親族に断られたらしいってみんな言ってるし、なんかあったんだよ。早く逃げなよ!」
「でも、先輩置いて急に……」
「釣りなんかしないでしょそこで。先輩、普通じゃないって!」
「おい、K、マジいいから逃げろ!」
「早く早く!」
びしょ濡れの女が、ねじれるように口を開けていた
まくし立てるように携帯に折り重なる友人たちの声に、焦りが募ったKさんは「わかった、またかけるからみんなそこいてよ!」と叫んで携帯を切るや、車内のランプもそのままに車から飛び出した。
バタン!!
一瞬、ドアを勢いよく閉めたことを後悔して、足がグッと止まってしまった。そのまま走り去ればいいのになんで止まったのか。
「おいー、一人で帰るのかー?」
キュッと心臓が縮こまる。
「帰りますよ!!」
そう吐き捨てるように先輩の方を振り返ると、車の薄明かりに照らされて“それ”はいた。
先輩の肩にぬっと手を伸ばしたびしょ濡れの女が、虚ろな表情で口を開けて突っ立っていた。
「お、お幸せに!」
訳も分からずそう叫び、Kさんは一目散にきた道を走ってその場を後にした。
10分以上は無我夢中で走ったという頃。あたりに徐々に人の気配が戻ってきた通りで、Kさんはタクシー会社を見つけて駆け込んだ。
受付で事の顛末を話し、北九州市内まで乗せて欲しい旨をまくしたてていると、奥の休憩室にいた数人のタクシー運転手のうちの1人が、不安そうな表情で話しかけてきたそうだ。
「いや……私たちもね、あんなところで自殺なんて珍しいって話していたんですよ。うちの運転手にも2日前に、多分その女性乗せたってやつもいるし、私もね、多分だけど昨日その先輩って人、そこまで乗せたかもしんないよ……手帳みたいなの見ていたもん、そのときも!」
その夜以来、T先輩とは会っていないそうだが、まだ先輩のSNSのアカウントは残っているそうだ。
「わかんないっすけど……たぶん、そこでずっと釣りしてんじゃないっすかね、彼女と」
話を聞いたかぁなっき氏の友人に、Kさんはそう嫌そうに吐き捨てたという。
(文=TND幽介〈A4studio〉)