それは単なる偶然か、それとも……
それは単なる偶然ではありませんかと答えると、お母さんは、それだけではないんですと他の話もしてくださいました。
それは、お友達の家に遊びに行っていた時のこと。お友達と遊んでいると、突然、「あついのきらい。あついのきらい」と泣き出しました。
普段からおかしなことを言っては泣き出すことがあったので、「大丈夫だよ。大丈夫だよ」と言って落ち着かせてから帰宅されたそうです。
ところが、その数日後、そのお宅でボヤ騒ぎが起きました。もしかしたら和也君が言っていた「あついの」というのは、火事が起きることを知っていたのではないか。
要するに、お母さんは、和也君に予知能力のようなものがあるのではないか、もし、それが本当なら、友達や周りの大人に不審がられやしないかと心配されていました。
しかし私は、正直に言いますと、単なる偶然だと思いました。といいますのも、和也君は、普段からおしゃべりが大好きで、保育園にいる間、一人の時でも何かを話しています。ですから偶然発した言葉が、現実の出来事と一致することもあると思ったからです。
保育園での和也君の言動には、これまで以上に注意しておきますので、何かあったらすぐに連絡します、とお母さんに伝えました。
次の日から、私は和也君が話す内容を注意深く聞くようにしました。
「なーちゃん、こんにちは」
「ことりさん、こんにちは。おはなさん、こんにちは」
教室では、ひとりでいつものように、思いついたことをとりとめもなく話している様子でした。
「ちゃんと挨拶できて、偉いね」
「うん。みんなあいさつしてくれるもん」
そう言ってにっこりと微笑んでくれました。そして続けて、「なーちゃん、こんにちは」と言いました。
私は、保育園に「なーちゃん」と呼ばれている子はいないので、「なーちゃんって誰かな」と聞きました。
すると、教室の隅の方を指差して、「あそこにいるよ」と言います。もちろん、そこには誰の姿もありません。
「ねえねえ、なーちゃんは女の子、それとも男の子?」
「ひとじゃないよ」
和也君の答えに、私は少し怖くなって、「先生とお外で散歩しようか」と彼を抱っこして園庭に出ました。彼を抱っこしたまま聞いてみました。
「ねえ、和也君、なーちゃんって名前何ていうの」
「うーんとねえ、なーちゃんはなーちゃんだよ」
そう言ってすぐに抱っこしている私の手から離れたがったので、園庭に降ろしてあげました。