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ある日、公園に行こうとしていたら……

「和也が泣き出すと、すぐに横にしゃがみ込み、まるで安心しなさいと言わんばかりに体を擦り付けて寝かせてくれました。

 そして、和也が歩き始めると、絶えずその横に張り付くように一緒にいてくれたんです。

 そんなある日、公園に行こうと玄関で準備をしていた時、少し目を離した隙に、和也がひとりで外に出て行ってしまいました。

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『和也ー』と大声で呼んだその時、なーちゃんが首輪から抜けて、玄関から外に飛び出して行きました。

 私がその後を追うと、その先の交差点に和也の姿がありました。私が再び『和也』と声を掛けると、和也はこちらを振り向いて、交差点で立ち止まりました。

 その瞬間、交差点に1台の車が入ってきたんです。

※写真はイメージです ©iStock.com

『危ない!』と私が叫んだ瞬間、キキーッという車のスリップする音が聞こえました。

 慌てて交差点に行くと、和也が大声で泣いていました。その先には、なーちゃんが車に撥ね飛ばされて、横たわっていました」

 なーちゃんは身を挺して和也君を助けてくれたのです。そして、その犬が、和也君には見えていて、いまだに和也君を守ってくれているのかもしれない。お母さんはそう仰いました。

 守ってくれているなら安心ですが、何となく和也君の言葉が気になりつつも、何事もなく2週間程が経ちました。この頃には、和也君は“なーちゃん”の話をすることも、泣いてぐずることも全くありませんでしたし、私の思い過ごしだったのかなと思っていました。

保育園からの帰り道

 いつものように保育園が終わり、お母さんが迎えに来られました。

「和也君、また明日ね」

 振り向いた和也君は、嬉しそうに微笑むと、何も言わずに頷いてくれました。

 その帰り道――。飲酒運転の車が歩道に突っ込み、和也君は命を落としたんです。

 その後、悲しみに暮れるお母さんとお話をしました。

「和也は、きっと自分の死を知っていたのだと思います。事故に遭ったその日の朝に、私をぎゅっと抱きしめて“ありがとうね”って。そして、“これからもずーっといっしょにいるからなかないで”って言ってくれたんです。きっとなーちゃんもそれを分かって、迎えに来てくれていたのかもしれません」

 お母さんは、涙を押し殺すようにお話しくださいました。その顔は、あの日の和也君にそっくりでした。

©iStock.com

*   *   *

 大谷さんも、私にお話ししてくださりながら、涙を必死に堪えておられました。

 そんな大谷さんに、私がお伝えしたことは――。

「未来が決まっているかどうかは私には分かりません。ただ、私達には絶対に決まっている未来がひとつだけあります。それは『死』です。人によって早いか遅いかは分かりませんが、これだけは、誰にも変えることの出来ない未来です。

 最後はみな死ぬのに、なぜ私たちは生を受けて、そして生きるのか。お経には、それはこの世で魂の修行をするためだと記されています。

 もしかすると、和也君にとっての修行は、我慢することだったのかもしれません。

 それを成し遂げた和也君は、今生での修行を終えて、あの世とこの世を行ったり来たりしているのかもしれません。

 和也君ができたように、私達も別れの悲しみに耐えましょう」

 私が話し終わってすぐに、“ありがとうね”という小さな男の子の声と、“クゥーン”という犬の声がどこからか聞こえました。

 大谷さんは、嬉しそうに微笑みました。

「今、和也君の声が聞こえました。傍にいてくれているのかな」

怪談和尚

三木 大雲 ,森野 達弥

文藝春秋

2021年8月5日 発売

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