1ページ目から読む
3/4ページ目

声の持つ情報量ってすごいものだなと実感するんです

――映画の後半は、家福が『ワーニャ伯父さん』の劇を作る過程が中心になり、その稽古風景として、俳優たちによる「本読み」の様子がたっぷりと映されます。ここで行われる、感情を抜いて台詞を繰り返し読む、という練習方法はいわゆる「濱口メソッド」としてファンにはお馴染みの手法ですが、ご自分が普段実践されている「本読み」の場面を取り入れることは、早い段階から決めていらっしゃったんですか。

©️2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

濱口 そうですね。まあその呼称は本当にやめていただきたいですが(笑)。「本読み」は誰でも使えるユニバーサルな方法だと思っています。稽古場面には、最初は他の舞台人に取材して聞いた演出方法も書き込んでいたんですが、尺の問題や、あとは本当にそれで演技に効果があるのか自分ではよくわからない、ということもあって、最終的に「本読み」だけが残りました。やはり演劇の稽古風景を描く上で自分がその効果を最も確信できているのが「本読み」だったので。実際に「本読み」をすると、声の持つ情報量ってすごいものだなと実感するんです。その人の体調や気分が声によってわかる。「本読み」をしてテキストを身体化する作業は、言うなればこのブレを少なくすることです。だから現場ではとにかく「本読み」を繰り返すことで役者の声を作っていきます。逆に言うと、基準となる声さえ出来れば後は安心して任せられますから。

――劇中劇として『ワーニャ伯父さん』を選ばれたのは、もちろん原作にその名前が出てくるからだとは思うんですが、一方で『寝ても覚めても』ではチェーホフの『三人姉妹』とイプセンの『野鴨』が出てきますよね。それから以前、濱口さんは『野鴨』をモチーフに映画を作る企画を立てていたともうかがっています。誰もが知る古典戯曲を選ぶ理由は何かあるんでしょうか。

ADVERTISEMENT

©️2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

濱口 いや、そうやって挙げていただくと演劇にすごく詳しいと思われているようで不安になるんですが(笑)。それほど詳しいわけではまったくなく、むしろ人の勧めに従って古典戯曲を読むことで、こんなに面白いのかと毎回びっくりするんです。今このセリフは書けないぞ、というすごい台詞がばんばん出てくるんですが、同時にある種の普遍性もあるんですね。実際この台詞を実生活で口にしろと言われたら俳優も厳しいでしょうが、舞台俳優が舞台で演じているシチュエーションでなら、どんな時代でもすんなり正当化されてしまう。やはりテキストというものは、それ自体が何がしかの意味を持っていて、それを実際口にしたときに生まれる何かがあるらしい。『ワーニャ伯父さん』を取り上げたのは、こういう古典的なテキストを役者が口にしたとき、もしくは手話を使って語ったときに、果たしてそこで何が起きるのかを実験したかったからでもあります。もちろん、とにかく自分がこの戯曲に感動した、というのが一番大きな理由ではありますが。