「古き良き町会の時代は終わった」
町会でいつも情報交換するのは、祖父の代から印章店を営んできた須長さんら20人ほどしかいない。しかも、夜間は地区外の「自宅」へ帰る人がいる。一方、実際に住んでいる新住民の数はマンション建築で増えるばかりだ。「どんどん増える人を、私達だけで支えられるか」。須長さんは不安でいっぱいだ。
災害対策だけではない。須長さんの母らの女性グループが週に2度、公園の掃除や花の植え替えを行っているが、こうした活動が新しい住民に広く知られているわけではない。
逆に、町会にクレームを言う人もいて、「古き良き町会の時代は終わった」と須長さんは言う。町会の役員も名誉職ではなくなった。このため、「役員には就けない」と断る高齢者が多く、日本橋馬喰町2丁目町会には会長がいない。事務局長や総務部長を兼務する須長さんが「会長代行」として引っ張っている状態だ。
「人口が急増することで、むしろコミュニティが壊れてしまいかねないと心配しています」と須長さんは語る。
「町会とは何なのか」。須長さんは自問してきた。「何かメリットがあるから入るというものなのでしょうか。五輪招致じゃないですが、決しておもてなしをする団体ではありません。町会費をもらうから何か還元しろという話になるのでしょうけれど、逆です。メリットは自分自身で積極的に関わって作っていくものです。よそから来た人にもどんどん入ってもらい、皆で楽しい地域を作っていくのが町会です」。
下町に出現した“巨大な空中都市”の行方
こうして中央区を歩くと、人口の急増地区も急減地区も実は同じ構造から生み出されていて、しかも同じ問題を抱えているのがよく分かる。
かつてあった下町らしい人間関係は風前の灯火だ。新しい住民は上へ上へと住居を求め、地に足が着かない巨大な空中都市が出現しているように見える。
これでは下町が消え、山の手ならぬ、「空の手」ができているだけではないか。
江戸から受け継いできた個性や歴史は薄れ、バラバラの個人がただ住んでいるだけのような場所になってしまうのかもしれない。
これが本当に幸せな人口増加であるかどうかは、よく考えてみないといけない。