8月2日に行われた東京五輪の陸上男子3000m障害決勝で三浦龍司(順大)が、快挙を成し遂げた。
この種目で日本人が決勝に進むのは実に49年ぶり。また、19歳の三浦はシニアの国際舞台は初めてだったが、そんな経験不足をものともせず史上初となる7位入賞を果たした。トラック種目の個人での日本勢の入賞も21年ぶりのことだった。
アフリカ勢を中心とした海外選手の高い壁
日本勢のメダルラッシュが続く他競技と比べると地味に映るかもしれないが、これまで陸上競技の中長距離種目では、ケニアやエチオピアなどのアフリカ勢をはじめとした海外選手の高い壁に阻まれ続けてきた。それだけに、決勝進出者の中でも最年少である19歳の三浦の走りは将来に期待を抱かせるものだった。
「入賞できたんですけど、正直悔しい気持ちもある。3年後のパリ五輪では今回の7位以上を目指したい。自分の走りに納得できるような走りを3年間で突き詰めていきたい」
三浦自身もまた“世界と戦える”という確証を掴むことができた五輪になった。
決勝レースの翌日、まだレースの熱気も冷めやらぬうちに三浦は選手村を後にし、順大の寮に戻った。チームメートは菅平高原で合宿中だが、三浦もリフレッシュ期間を挟んで、今度は駅伝シーズンに向けた走り込み期間に入るという。
3000m障害と20km以上を走る箱根駅伝では距離が違いすぎる?
ここでふと、疑問を持たれる方もいるかもしれない。
箱根駅伝の20km超という距離と3000mとではあまりにも距離が違いすぎる。3年後のパリ五輪を目指すのであれば、箱根駅伝を経由せずに3年間、3000m障害という種目に特化した取り組みをしてもいいのではないか――と。
この疑問を、三浦を指導する順大の長門俊介監督にぶつけてみた。
「確かにトラック種目を志向する選手には、長い距離への取り組みをやりたがらない人もいます。それに3000mという短い距離なので、『スピードに特化した練習が必要なんじゃないか?』というイメージを持たれる人も多いかもしれません。