遺体の足元には携帯電話が落ちていた。
そのなかには、この山に来るまでの様子を撮ったと思しき写真が十数枚収められていたそうだ。
ガラケーだったため、今の時代のスマホのカメラ機能に比べるとはるかに荒い画質ではあるが、そこに映し出される2人は実に楽しそうだった。四国の街を2人で仲良く探索し、2人してピースをしながら笑顔で撮られたツーショットもあったという。
砕かれた鏡の端に写り込んでいた“彼ら”
だが時系列順に写真を見ていくと、2人は突如として山に分け入っていき、件の式場跡地に足を踏み入れていた。地元の噂を聞きつけてデートがてらの廃墟探訪だった、そう考えることもできるだろう。しかし、廃墟に入ってからの写真はそんな想像を打ち砕くものだったそうだ。
携帯には外の光が差し込む廃墟の中、どこから持って来たのか二対の紐を手にした彼氏が、時折携帯を向ける彼女に笑顔を見せながら、和気あいあいと式場の窓辺のカーテンレールのようなところに、紐をくくりつける様子が映し出されていた。
割れた鏡などが散らばる式場の大きなガラスの窓。そこに二対の首吊り紐が結ばれた。
彼氏は、携帯のカメラに一礼し、首を吊った。
彼女も、彼氏の横に立ち、カメラに一礼し、首を吊った。
逆光気味の披露宴会場。並んで首を吊る死体。写真はそこで終わっていた。
この事件を処理していた関係者は、この一連の写真を見てとある不審な点に気がついたそうだ。それは、彼女が首を吊る写真を誰が撮影していたのかということ。
確かにタイマーを設定してシャッターを切ったのかもしれない。
だが、事件関係者は携帯に保存された最後の一枚を繰り返し見るうちに、さらなる“違和感”に気がついてしまったのだ。そしてその違和感に気づいてからは、タイマー以外の方法で誰かが撮ったのかも、という思いがどうしても拭いきれなくなってしまったという。
喉笛を噛みちぎられるその山、その式場、その窓辺。打ち捨てられ、砕かれた鏡の端に、“彼ら”は写り込んでいた。
結婚式に参列する礼服に身を包んだ無数の人々。
彼らはギチギチに立ち並び、口角の異常に上がった笑顔をカメラに向けていたのだそうだ。
――嫁入りの山は今や誰も立ち寄らず、立ち入り禁止になっている。
(文=TND幽介〈A4studio〉)