きっと多くの視聴者が、その顔を見て人見絹枝のことを思い出しただろう。朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』で車椅子のアスリート鮫島祐希を演じるのは、2019年の大河ドラマ『いだてん』で人見絹枝を演じた菅原小春だった。
ダンサーである菅原小春は『いだてん』以外に俳優として出演したドラマはない。朝の連続テレビ小説に彼女をキャスティングすれば、視聴者は必然的に二つの役、女子アスリートの道を切り拓き、そして夭折したランナーと、東京五輪パラリンピックを目指す架空の車椅子アスリートの間に無意識の連続性を見出すことになる。
キャスティングを決めたのが誰なのかは分からないが、これはある種の「引用」、生きた現実の人間が役を演じる実写ドラマならではのイメージの継承と言っていい手法なのではないかと思う。少なくとも、『おかえりモネ』の製作者が『いだてん』から何かのバトンを受け取る意思表示として、俳優としての経験が浅い菅原小春をキャスティングしたように見えた。
被災地の出身である主人公が抱える「後ろめたさ」
「それがパラリンピックにせよ、結局は東京五輪の宣伝じゃないか」と見ることもできる。確かにそういう面もあるかもしれない。大河ドラマ『いだてん』にしても、宮藤官九郎の脚本によって現代の日本に鋭い批評が加えられていることを加味しても、放送局側のコンセプトとしては明らかに「東京五輪に向けた」企画ではあったのだ。
7月に行われた到着式で中村勘九郎が聖火ランナーをつとめ、「『いだてん』で金栗四三を演じた……」とアナウンサーが紹介した時に複雑な思いを抱いたドラマのファンは多かったと思うが、そもそも『いだてん』というドラマ自体がある面ではそうした『複雑さ』、政治とスポーツが常に不純に混濁する現実を描く物語だった。
『おかえりモネ』の脚本もまた、『いだてん』を継承するように複雑な人物と状況を描く。主人公のモネは3・11の被災地の出身でもありながら、同時に「その日その時に被災の場にいなかった」という「非当事者」としての後ろめたさを抱え続ける少女として描かれる。
「少女が自己実現としての職業に出会い、立ちはだかる障害に負けずに夢をつかむ」という朝ドラの王道を踏襲するようでいて、気象予報士という職業を「夢の仕事」として単純な描き方をしていない。その複雑さが『おかえりモネ』という作品の説明を難しくしている一因でもある。