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経済か、人命の安全か…「人を助ける仕事は、殺す仕事にも変わりうる」『おかえりモネ』の“痛切なメッセージ”

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2021/08/09
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「『わからないこと』は罪であるかのごとく…」チーフ演出の言葉

 NHK出版の公式ガイド『おかえりモネ Part1』では、チーフ演出の一木正恵氏がこのドラマの複雑さについて、演出家の立場から的確なコメントを載せている。

「安達奈緒子脚本の最大の魅力は、視聴者との信頼関係の上で成り立つ高度で繊細なセリフ。そこから導かれるうそのない芝居の情感、と考えています。わかりやすい事件や対立は起きない。人はそうやすやすと心情を吐露しないし、大切なことほどことばにはならない。そんな人のもどかしさやいじましさを描くことから一歩も退かない信念が貫かれています。

 今、『わからないこと』は罪であるかのごとく、シンプルなものが求められる。しかし分からないことを受け止め、想像力を広げる力を物語の受け手は持っています。私は、この物語でもう一度強く、受け手の皆様の知性や想像力を信じて創るつもりです。

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 朝ドラはセリフや語りでいかに明快に物語を伝えるかが大事と言われます。しかしキャストやスタッフと共に、皆様の心臓にダイレクトに語りかけるような表現に、挑み続けていきます」

©aflo

『おかえりモネ』という作品のスタンス、そして安達奈緒子脚本の価値を自信を持って演出の立場から視聴者に宣言した文章と言えるだろう。

 どれほど科学が進歩しても、自然を相手にする気象予測は不確定な部分を抱えている。安達奈緒子の脚本はまるで自然を繊細に分析する気象予報士のように、登場人物たちの心の雲の形を丁寧に描いていく。青空の下で笑ったり、土砂降りの雨に打たれて泣き叫ぶ鮮烈な場面の中間にある、いくつもの複雑な心理と人間関係の描写が『おかえりモネ』の特徴だ。

気象予報もある種の「報道」だ

 公式ガイド『おかえりモネ Part1』の中で、チーフ演出の一木正恵氏、そして制作統括の須崎岳氏がともに一致して語る言葉がある。それは『おかえりモネ』が「今」を描く作品だということである。

 この物語は2011年、東北震災から始まり、半年間で2021年の現在に追いつくように物語が進む。「今」というのは、単に時間や時代だけの話ではない。「2011年3月から10年、マスクが必須となって1年、私たちは主人公・モネと同じように、10年前のあの日『何もできなかった』と思い、いまだその答えを探し続けている。そしてエンターテインメントを生業とする理由を問い続けている」とチーフ演出の一木正恵氏はムックの中で語る。

『おかえりモネ』の中で主人公が働くことになるテレビ局は、朝の連続テレビ小説を制作するスタッフたちの「今ここ」、NHKとも重なる。ドラマの中で繰り返し描かれるのは、気象予報もまたある種の「報道」であるということだ。