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経済か、人命の安全か…「人を助ける仕事は、殺す仕事にも変わりうる」『おかえりモネ』の“痛切なメッセージ”

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2021/08/09
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 ニュース番組の中で報じられることのほとんどは過去に起きた事件、あるいは今まさに起きていることの中継だ。だが、天気予報だけは「これから起きることの報道」であり、未来についてのニュースなのである。

人を助ける仕事は、人を殺す仕事にも変わりうる

 第12週『あなたのおかげで』の中で、主人公たちは観測史上初めてとなる、東北に直接上陸する台風の接近を予測し、警告を出す。そこで主人公百音は「復興に向けてようやく歩き始めた地元経済か、それとも人命の安全か」という、2021年の世界がコロナ禍で直面している「ハンマーか、それともダンスか」のジレンマに通じる選択を迫られることになる。

 それは決して「こちらが100%正しい選択肢で、あちらは心の汚れた者が選んで天罰を受ける選択肢」と御伽噺の教訓のように割り切れる選択肢ではないのだ。

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 登場人物たちはみな、過去に深い傷を抱えている。浅野忠信が演じる新次をはじめとする被災地の人々は言うまでもなく、東京編に登場する気象キャスターの朝岡は大学の駅伝選手時代に天候を見誤りレースを潰してしまった過去を持ち、医師の菅波もまたトラウマを抱え、「あなたのおかげでという言葉は麻薬だ」と主人公に警告する。そうした心の傷、世界の複雑さの前に敗れた過去の教訓が、この作品の構造を深いものにしている。

浅岡を演じる西島秀俊

 人を生かす自然が災害時には人を殺す自然にもなるように、人を助ける仕事は一瞬にして人を殺す仕事にも変わりうる。安達脚本の描く苦悩は、報道や表現という自分たちの仕事に対する、作り手たちの誠実な自己言及にも思える。

 そうした安達奈緒子の繊細な脚本を支えるのは、清原果耶たち俳優陣の確かな演技力だ。永浦百音という主人公は、決してポップでキャッチーなキャラクターではない。だが清原果耶の確かな演技力は、分かりやすい快晴と土砂降りの中間に無数に存在する、表情の「曇り」を繊細に演じ分けている。

 それは名場面、名演技としてSNSでシェアされる派手な演技ではないかもしれない。だが、脚本の安達奈緒子が「百音は森羅万象を感じる天才。清原果耶さんもそのような方」と全幅の信頼を置き、『なつぞら』で共演した広瀬すずが「(彼女に感じたのは)根っこにある意志というのかな、心の強さ。しっかりした考えを持っている子だから、一緒にお芝居をしていてとても楽しかった」とムックで評する通り、確かな意志と知性を持った静かなヒロイン像を作り上げている。