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2021/08/29

「えっ、いや……花形の営業さんや技術屋さんからそう、言われてしまいましてね。あなたはこの会社を、現場を、まだ理解できていないと……。人事が旗振り役となって真剣に取り組めば、現場も理解してくれてうまく計画を進めていけると思っていたんですが、一筋縄ではいかないものですね」

 新たな取り組みを実現していくには一定の時間がかかる。長時間労働是正など働き方改革はまだ始まったばかりだ。それにしては、野村さんの様子は腑に落ちなかった。苦悶の表情を浮かべていたからだ。

「どちらの会社も、人事労務部門の方々は苦労されているのではないでしょうか」

「……そ、そう、ですね……」

「失礼ですが、何かほかに懸案材料でも抱えておられるのでしょうか?」

 野村さんの眉間に一瞬、しわが寄る。

「いや、別にありませんよ」と、何かを悟られるのを避けるかのように即座に打ち消した。

怠惰な部下からの“逆パワハラ”

 その後、取材を申し込んでも多忙を理由に断られ続け、野村さんの苦悩の根源が何なのか、わからないまま時は流れ、新型コロナウイルスの感染拡大という非常事態を迎える。「お話ししてもいいですよ」というメールが届いたのは20年冬。取材場所はJR大阪駅前を指定された。その時はてっきり出張だと思い込んでいた。

 ホテルの喫茶室で約1年ぶりに再会した野村さんは、ハイネックセーターにスラックスの服装。額にはまるで彫刻で彫ったようなくっきりとした横じわ、目のクマが目立ち、マスクをしていても心労を重ねてきたことがうかがえた。違和感を抱いているのを察知したかのように、彼が口火を切る。

「実は……パワハラでドタバタしていたもので……」

「ああー、パワハラ防止対策が義務付けられてからまだ半年ですものね」

「いえ、そのー、パワハラの当事者に、なってしまいまして……」

「…………」予想外の返答に一瞬、言葉を失う。そしてこの時点で咄嗟に思い描いたのは、「加害者」としての野村さんだった。だが、それは大きな間違いだった。

「パワハラを受けたんです……部下、から……」

 そこまで話すと、口をすぼめて息をはいた。

©️iStock.com

 部長である野村さんに、職場で自分よりも「下位」にある者からの嫌がらせ、つまり“逆パワハラ”を行ったのは、入社3年目で総務部から19年秋に異動してきた営業志望の男性社員。採用担当になったが、移ってきた当初から、学生の誘導役を任されていた採用試験当日に遅刻するなど勤務態度が悪く、課長に指導の徹底を指示していたが、改まる様子は見られなかった。たまたま廊下ですれ違った時に直接、「しっかりしないと、いつまで経っても営業にはいけないぞ」と声を掛けた途端、男性部下は無表情のまま、視線を合わせず、言葉も発せず、その場から走り去った。その出来事が“逆パワハラ”の予兆であったことに本人が気づくのは、数ヵ月後のことだ。

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