セクハラ、モラハラ、ジタハラ、パワハラ……。職場環境におけるハラスメント問題は労働における大きな問題といえる。そうした課題の解決に中心的立場として取り組むのが経験豊富な社員だ。しかし、課題解決のための努力が空回りし、逆に部下からのハラスメントを受けてしまうケースもあるという。

 ジャーナリストで近畿大学教授の奥田祥子氏は、市井の人々への取材を20年以上にわたって実施し、『捨てられる男たち 劣化した「男社会」の裏で起きていること』(SBクリエイティブ)を上梓した。ここでは同書の一部を抜粋し、部下からのハラスメントに足元をすくわれた男性のエピソードを紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

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労働環境改善は「腕の見せどころ」

 働き方改革に向けて政府が本格的に動き出した2015年、東京に本社のある電子部品メーカーで人事部次長を務める野村裕一さん(仮名、当時48歳)はこう力説した。

「10年ほど前に安倍さん(首相)が提唱しながら立ち消えとなった“労働ビッグバン”が今、ようやく日の目を見ようとしているんです。こんな重要な時期に人事部で労働環境の改善に取り組めるのはとてもやりがいのあることです。普段はバックオフィスとして地味な人事ですが、現場の声を十分にくみ取りながら頑張っていきたいと考えています。これから残業時間の上限規制や正社員と非正規雇用労働者の待遇差の禁止なども法制化に向けて議論されるようですし、腕の見せどころですね」

 野村さんはここまで話すと、自分自身にも言い聞かせるかのように、軽くうなずく仕草をした。食品メーカーで人事労務畑を歩み、現在の会社に勤める大学時代の友人の推薦もあり、3年前にヘッドハンティングされた。それだけに、意気込みは相当なものだった。表情が豊かというわけでも、身振り手振りが大きいというわけでもない。冷静沈着に視線をほとんどそらすことなく語りながら、銀縁メガネの奥で鋭い眼光を放っていたのが印象的だった。

「机上プラン」という現場からの声

 翌16年からは女性活躍推進法に基づき、従業員301人以上の大企業に女性の管理職比率の数値目標などを盛り込んだ行動計画の策定・公表が義務付けられ、さらに19年には働き方改革関連法の施行が順次、始まった。

 19年秋、前年に部長に昇進していた野村さんを訪ねると、以前、「腕の見せどころ」と意欲を見せていた労働環境改善や女性登用の進捗は思わしくないという。

「やはり、『現場をわかっていない机上プラン』なんでしょうか……」

 いつもとどこか違う。視線を外すことが多く、右膝が上下に揺れている。

「どういうことなのでしょうか?」