1ページ目から読む
3/4ページ目

共に闘った役員は今や“敵”

 それからも男性部下は野村さんを無視し続ける。会社説明会で他に替われる人材がいない業務を無断欠勤したり、採用試験の上位選考に進む一人ひとりに連絡を入れる重要な業務を拒否したりと、数ヵ月の間で勤務態度はさらに悪化していった。

 極めつけは、新型コロナウイルス感染拡大に伴う初回の緊急事態宣言が出された20年春、社員の大半が在宅勤務を余儀なくされている約1ヵ月の間に、ツイッターに書き込んだ虚偽の事実や悪口だった。オンライン会議やメールでのやりとりなどは素知らぬ様子でこなしつつ、野村さんについて「派遣スタッフの女性にセクハラをしている」「ITもろくに扱えない無能な部長」などとツイッターへの書き込みを繰り返したのだ。通称“裏垢”(裏アカウント)と呼ばれる、自身が持つ本来のアカウントとは別に秘密裡に設けた匿名アカウントでの行為だった。が、やがて人事部内だけでなく、全社的にその悪行が知れ渡ることになる。

 一般的に、ITスキルなど部下のほうが上司よりも業務上必要な知識や経験を備えている場合に、“逆パワハラ”が起きる傾向にあるが、野村さんのケースでは彼の厚意を無下にしたうえに、弱みを握られたと捉えて逆恨みした部下からの悪質な嫌がらせにほかならない。こうした態度や言葉によって嫌がらせを繰り返し、相手に不安や苦痛を与える精神的暴力は、モラルハラスメント(モラハラ)ともいえるだろう。

ADVERTISEMENT

 この流れからすると、野村さんは会社側から同情されこそすれ、非難される筋合いはない。しかしながら、現実は違った。

「『バブル世代は無能』などと揶揄されながらも必死に頑張り、共に闘ってきた執行役員がいきなり、“敵”側に回ってしまったんです」

 メガネの奥の瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。かつて見せた鋭い眼光とは対照的だった。

 当初、同情的だった上司・経営陣だったが、ある出来事をきっかけに情勢は一変する。その部下の社員が、野村さんから過重労働を強いられ、心身ともに疲弊したとして、「うつ病」の診断書を提出して休職したのだ。

「健康経営を対外的にアピールしていかないといけないこのご時世、『メンタル不調を武器にされたら、ぐうの音も出ないんだよ』。そう彼は言った。そ、それ、で……私のキャリアは、もう、『上がり』です……」

 言いよどみ、目線が取材場所の喫茶室のテーブルの上を浮遊する。

 その執行役員とは、学生時代の同級生で野村さんの腕を見込んで、今の会社に誘ってくれた友人のことだった。野村さんは部下の健康配慮義務を怠ったなどとして責任を問われ、始末書を提出。20年夏、関西の工場の事務部部長に異動になった。実質的な左遷だった。