「私もあと3か月ほどでお家賃(の支払いに当てるお金)が底をつきそうなんです。あのようなニュースを耳にしますと、女性の路上生活だけは避けたいと思って連絡をさせていただきました。まさか元日の夜に来てくださるなんて……」
ひとしきり話を聞いた瀬戸さんは、生活保護の利用を提案した。途端に車内の空気が重くなる。しばしの沈黙の後、果たして女性は「生活保護は考えていない」と言った。理由を尋ねると「役所に対する絶望感がある」と答え、それ以上多くを語ろうとはしない。瀬戸さんが「(生活保護は)恥ずかしいことじゃないんですよ」と促しても、女性は「役所とはお近づきになりたくないんです」とかたくなだった。
(中略)
「屋根があって、鍵がかかる家に住めているのは幸せなことです」
渋谷区のバス停で殺されたホームレス女性と自らを重ねた女性は、結局、生活保護を利用することにしたのだろうか。
「ひとりで役所に行かせるようなことはしないから。そのときは僕が一緒に行きます。生活保護の押し付けになっちゃいけないとは思うけど、このままだったらいつ体を壊してもおかしくないですよ。そんなところで頑張らないでほしいな」
運転席に座る瀬戸さんが語りかける。
一方、助手席に座る女性は自らの窮状を語りながらも「屋根があって、鍵がかかる家に住めているのは幸せなことです」と言って、瀬戸さんの説得をかわした。
キャベツの外葉を食べて飢えをしのぎ、真っ暗な部屋で防寒着を着て眠る暮らしを「幸せ」だと言う。まぎれもなく女性の意思であった。しかし、この言葉が人々の意識の根底にはびこったスティグマと無関係であると言い切ることも、できないのではないか。
「美術館……。そうですか。そんな夢みたいなことができるんですか」
女性は最後まで生活保護の利用に消極的だった。ただ、一度だけ女性の心が揺れたようにみえた瞬間があった。
2時間ほど話し続ける中で、女性は美術館巡りが好きらしいということがわかった。少しだけ生活に余裕がある頃、最後に行ったのは東京・練馬にある絵本作家いわさきちひろさんの「ちひろ美術館」だという。
それを聞いた瀬戸さんはこう言った。
「(生活保護のことは)焦って決めなくてもいいです。でも、僕たちはあなたに生きていてほしいと思っています。できればキャベツの外葉なんかじゃない、温かいご飯とおかずを食べてほしい。暖房のきいた部屋で眠ってほしい。それから、時々は美術館にも行ってほしい」
すると、女性は少し嬉しそうに答えた。
「美術館……。そうですか。そんな夢みたいなことができるんですか」
2021年、年が明けて最初の日、東京は氷点下1.3度まで冷え込んだ。別れ際、瀬戸さんは「また連絡します」と伝えた。女性は杖に体を預け、路上にたたずみながら、私たちの車が見えなくなるまで手を振っていた。
その後、この女性からは断続的に弁当や食料、日用品などを配る大人食堂やフードバンクについての問い合わせがある。しかし、生活保護を利用しますという連絡は、まだない。