止まらぬ涙の理由
路上生活になると、井上さんは昼間は公園のベンチや河川敷で仮眠を取り、夜はキャリーケースを引いてひたすら街を歩き回った。寒空の下、薄手の夏服で歩く自分が、どんどん周囲から「普通」に見られなくなっていくようで恐ろしかったという。そんな日々が続く中、「このまま終わっていくんだな」と、次第に死を意識するようになっていく。
「瀬戸さんと会う前の3日間は寒すぎて、昼間ベンチや河川敷に座っていることもできなくて……。昼、夜関係なく1日中、上野、東京、浅草のあたりを歩き回っていました。スニーカーの底に穴が開いて、足が痛くてちゃんと歩けなくなってきて……。(東京都の)TOKYOチャレンジネットから断られたとき、あー、これで絶好の自殺の理由ができたなと思ったんです」
瀬戸さんを初めて見たとき「ほんとに来ちゃったんだ」と思ったのは、安堵からではない。せっかく死ぬ決意をしたのに、これで死ねなくなってしまったという、どちらかというと戸惑いに近い気持ちだったという。
相談者を励ます瀬戸さんの姿を見て涙がこぼれたのも、ホッとしたからではない。
「自分が情けなかったんです。いい大人が自立もできない、働けないなんて。ほかの人に普通にできてることが私にはできないと思うと……自分がみじめすぎて涙が止まらなかったんです」
この日、すべてのSOS対応が終わった瀬戸さんは、井上さんを予約したビジネスホテルまで車で送った。井上さんが埼玉県出身と知った瀬戸さんは、車中でずっと映画「翔んで埼玉」の話をし、映画のテーマ曲を流したという。それでも、井上さんの涙が止まることはなかった。
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「ハザードランプを探して 黙殺されるコロナ禍の闇を追う」(扶桑社)
TOKYOFMで先行ラジオドラマ化。感染者数、ワクチン接種率……コロナ禍が社会に及ぼしている影響は、決して単純な数字だけで表せるものではない。 政治やメディアが連日、数字に一喜一憂する陰で、この国に一体何が起こっているのか? 著者は2020年秋から、「新型コロナ災害緊急アクション」の活動に密着取材。黙殺され続けるコロナ禍の社会の実像に迫る切実なるルポルタージュ。 これは誰しものすぐ隣にある現実――。