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加害者の妻が苦しむトリプルバインド

 理解しがたい夫の行動に対する驚きと失望、「性欲原因論」による「妻としての責任」という二次被害、子どもにとっての良きパパを奪えないという葛藤、同性・同年代の被害者が受けた苦痛……妻たちはこうしたトリプルバインドに苦しめられます。

 トリプルバインドとは、矛盾した複数の命令を受け取りながらも、その矛盾を指摘できないままどちらにも応答しなければならない状態を指します。自分がまったく関与しないところで夫が起こした事件で、妻は二重にも三重にも苦しみ、その苦悩を誰とも共有できない孤独な状態に陥ります。そして、言うまでもなく彼女たちが安心して相談できる場はほとんどありません。

 夫の突然の逮捕を受けて、動揺した彼女たちが数少ない事情を知っている義理の両親に相談したとしても、先述したように「妻としてのケア不足」を指摘されたり、「たかが盗撮でしょ。写真を撮っただけじゃない」と軽視されることもあります。「つらかったね」「あなたのせいじゃない」と話をちゃんと聞いて受け止めてもらえた、というエピソードはほとんど聞きません。これが現状です。

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 そんな生き地獄ともいえる状況下では、抑うつ状態や不眠、食欲不振など心身の不調を訴えたり、人間関係が制限されたり、外出できなくなる、仕事を続けられなくなるなど社会生活に支障をきたす人もいます。ひどい場合はオーバードーズやリストカットなどの自傷行為に及ぶケースもあります。

夫が事件を起こした日のトラウマ、フラッシュバック、不安…

 また「うちの夫がそんなことをするはずがない!」という困惑の次にやってくるのが怒りです。盗撮加害者は20代から30代が多く、その妻も年齢が近いことがほとんど。同年代の友人たちが仕事でキャリアを積んだり、旅行に行ったり、楽しそうに子育てしたりする様子を傍目に、「なんで私だけこんな思いをしないといけないんだろう」という夫への怒りがこみ上げるのは想像に難くありません。

 妻にとっては、夫が事件を起こした日から時間が止まっています。少しでも夫の帰りが遅いと「また問題を起こしてないか」と不安になりますし、テレビで性犯罪のニュースを耳にするとフラッシュバックが起こるなど、朝起きてから夜寝るまで不安な毎日を送っています。特に家族が恐れているのが、知らない番号から電話がかかってくることです。警察や弁護士から、妻の携帯電話にいきなり「夫が逮捕された」と報告されたことがトラウマになっているのです。また、午前中の早い時間帯に鳴るインターホンもトラウマになります。夫が逮捕されたときの、警察がいきなりやってきて子どもと自分の目の前で手錠をかけて連行した……といったシーンがしっかり記憶されているからです。

©️iStock.com

 一方で加害者本人は、時間とともに事件の記憶が薄れていきます。「加害者は早期に加害者記憶を忘却する」といわれる所似です。この加害当事者と家族の温度差も、妻たちを追い詰めていきます。