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《暴力団トップに初の死刑判決》福岡県警刑事が明かす、「工藤会壊滅」を本気で志すきっかけとなった“凶悪事件”

「県警VS暴力団 刑事が見たヤクザの真実」より #2

2021/08/24

source : 文春新書

genre : ニュース, 社会, 読書

組員の恋人の証言

 そんな中、思いもよらないことが起こった。銃撃事件の後、I組長自らトラックを運転し、宮田町のオープン直前のパチンコ店に突入したのだ。組長は逃げもせず、駆けつけた警察官に逮捕された。

 I組長は建造物損壊事件については素直に認めたが、発砲事件については関与を否定した。ただ、自分に動機があったことは否定しないし、事件に関わっている様子だった。I組長の交友関係を調べると、同じ工藤會傘下のF組長(当時55)と懇意にしていた。F組長は工藤會本流である田中組の系列であり、若手を中心に40人近くの組員を擁していた。

 F組の関与が浮上した。

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 小倉北警察署管内では、4月のパチンコ店経営者宅のほか、6月にゼネコン営業所、洋服店への銃撃事件が立て続けに起こっており、捜査員は忙殺されていた。

 そんな折、6月30日夕方遅く、若い女性が友人女性に連れられ小倉北署を訪れた。私たちが注目していたF組の組員の恋人だった。

 彼女は組員の池上健(仮名・当時23)から暴力を振るわれるので被害届を出したいと言う。小倉北署の暴力犯係には、連続銃撃事件の処理などで捜査員は残っていなかった。そのため、小倉北署当直員から捜査四課T班に連絡が入り、T班のI巡査部長が事情を聴くことになった。

 I巡査部長は大分県警から研修で派遣された20代の若手で、ゼネコン営業所銃撃事件の犯行使用車両の遺棄現場にも行っていた。

写真はイメージです ©iStock.com

 交際中の恋人に対する暴行だが、被害届を出してもらえば、池上を逮捕できる。早速、I巡査部長は彼女から話を聞いて被害者供述調書を作成した。池上は最近、F組に入ったばかりだったので、銃撃事件の実行犯の可能性はほとんどなかった。しかし、I巡査部長は念のため池上の最近の行動について彼女に聞いてみた。

 彼女はしばらく考えていたが、思い出してこう言った。

「(ゼネコン営業所銃撃事件のあった)27日の朝3時ごろ、アパートで寝ていると彼からたたき起こされました」

 ジャージ姿の池上は急いで着替えをすると、洗濯籠の中にジャージを投げ込み、彼女に洗濯するよう言いつけて再び出て行った。

現場は証拠の宝庫である

 ゼネコンの営業所と、その下請け業者である小倉南区の建設会社への銃撃事件については、早い段階で北九州市都市高速の改修工事絡みであることが判明した。県議や市議会議長宅への事件も、北九州地区の大型工事を巡るものと推測された。これらは前述した大型工事に強い影響力を持っていた県議会議員を前年に政治資金規正法違反容疑等で検挙し、起訴後に同議員が辞職したことが原因の一つと思われた。同議員の影響力が失われたところに、工藤會・田上不美夫理事長に近い建設業者らが工藤會の威力を背景に大型工事に介入を強め、その要求に応じない建設業者等が狙われたのだ。いずれの事件も工藤會トップの意向を受けた組織的犯行と思われた。

 その場合、野村会長、田上理事長の出身母体である田中組か、その系列の組の関与が推測された。F組はその最有力候補だった。

 銃撃事件は深夜に行われることが多く、目撃者はまずいない。しかし、現場は証拠の宝庫である。現場付近の捜索と聞き込みは絶対に欠かせない。防犯カメラが普及した現在なら、防犯カメラの捜査も重要だ。