教師からの贈り物
これほど熱い教師は初めてだった。こんなにも真剣に向き合ってくる大人に、接したことがなかった。手の付けられないほどのワルだったから、中学時代の教師の多くは近寄ることをせず、ただ見て見ぬふりをされてきた。
しばらくして、ようやく話が終わった。おもむろに立ち上がった山口は、棚の奥からごそごそと何かを取り出した。
「お前にこれをやる。これを履いて、明日からラグビー部の練習に来い」
日本代表に選ばれた頃に履いていた、大事なスパイクだった。履き古されてはいたが、丁寧に磨いてあった。どれほど大切にしてきたものかは、ひと目で分かった。山本の心は激しく揺れた。激しく揺れた末に、今まで経験したことのないベクトルに向かって、強い決意のようなものが芽生えたのを感じた。
あの日の光景を、一人の教師の熱意を、山本は今でも、忘れてはいない。
「初対面の人間に呼び捨てにされたことに、最初は腹が立っていたんですわ。でも、いきなり声をかけられたっていうことが、自分の中のどこかに、響いていたんやと思いますね。やっぱり関心を持たれるって、人間、うれしいやないですか。見向きもされんよりはね。そうやって、話をしてくれたことが、自分の中では大きかったですね」
本気でぶつかってくる大人
本気でぶつかってくる大人を、どこかで欲していたのだろう。弥栄中学では校舎内で暴れるのはいつものことだった。教師の振る舞いに納得がいかないと、椅子や机を持ち上げ、ガラス窓へと放り投げた。教室の窓は、ほとんどが割れていた。ある日、一人の瘦せた体をした副担任が、自宅を訪ねてきた。細い腕を振り上げて、殴られた。その副担任の勇気と、本気で向き合ってくれた愛情。それを感じたからこそ、以降、その教師にだけは一切、逆らわなくなった。それと似た感情を、初対面の山口から感じていた。
「『感謝せなあかんな』と思いました。『教師はみんな口だけや。そんなもんや』っていう思いがあったんですわ。でも、中学の時のあの華奢な先生だけは他とは違った。それと一緒の思いが、山口先生に初めて会ったときに生まれていました。だから、野球部の入部届を普通に出さずに、体育教官室まで持っていったんやと思いますね。それをしていなかったら、野球部に入りながら、夜の世界で遊びほうけて、いつか高校を辞めていたかも知れへんかった」