「あ? ラグビーやて? 何やそれ。そんなもん、入る訳ないやろ! ワシは野球をやるんじゃ!」
眉をひそめ、グッと睨む。今すぐにでも襲いかかるような素振りをしても、その教師は腕組みをしたまま動じなかった。全身に目をやる。185センチはあるであろう長身に、ジャージーの上からでも分かる筋肉質の厚い胸板と、太い腕。
ケンカでは数々の修羅場をくぐってきた京都一のワルでさえ、初めて会った山口の印象は、強烈だった。
「体がとにかく大きかった。頭は角刈りで、鬼瓦みたいな顔をしとったんですわ。『何言うとんねん、こいつ』って思いながらも、正直、その時は、『こいつには、素手では勝てん。棒かなんか、武器がいるな』って考えたほどですわ」
「ラグビーはな、ルールのあるケンカや」
担任から配られた部活動の入部届に、山本は「野球部」と書いた。その一枚の紙を、顧問に提出する日のこと。ふと、鬼瓦のような顔をした教師のことが頭をよぎった。からかい半分、そして、あの教師から「逃げたくない」という不良生徒独特の感情もどこかにあった。ガツガツと足音を立てて体育教官室まで行くと、山口の部屋をガラリと乱暴に開けた。
「よお、先生。やっぱりワシは野球をやるわ。わざわざ声かけてくれたのに、すまんのう」
部屋には書類が積み重なり、汗と埃が入り交じったような鼻を突く匂いがした。ふんぞり返るようにして椅子に座っていた大柄の教師は、突然、扉を開けた不良生徒を見ると、先ほどまでのしかめっ面を崩し、嬉しそうな顔をした。
「おお、清悟か。わざわざ、そんなことを言いに来てくれたんか。そうか、そうか、ありがとうな。まあ、ええから、ちょっと入れ」
半ば強引に部屋に導かれると、そこから山口の長い説得が始まった。ラグビーの魅力と、熱い思い─。それを、いつまでも終わることなく聞かされた。
「おい、清悟。お前はケンカが強いらしいやないか。ラグビーはな、ルールのあるケンカや。ケンカと同じで、男と男が、真剣に体をぶつけて勝負を決めるんや。ボールを持ったら何してもええ。蹴る、殴る以外は何したって構わへん。ケンカなら誰にも負けへんのやろ? それなら、やってみたらどうや。ケンカの強いお前やったら、ラグビーで一番になれるんちゃうか?」
「ワシは何を言われても、野球をやるんや」
そう言って聞かなかった山本に、迷いが生じ始めていた。「ルールのあるケンカ」とたきつけられたことが、胸に引っかかった。