譲り受けたスパイクを履き、翌日から山本はグラウンドに立った。だが、すさんだ生活はなかなか抜けず、長続きはしなかった。中学時代の悪友からの誘いは絶えず、バイクの暴走や麻雀、飲酒、ケンカに明け暮れる。家に帰るのはいつも朝方になった。高校に進学しても、練習どころか、学校に顔を出すことすら、少なかった。
「昼過ぎまで寝て、みんなが帰る頃に学校に行く。ラグビー部に入ったと言っても、最初はそんな状態やった」
すると、毎朝、山口が家に来るようになった。阪急電車の桂駅近くに住んでいた山口は、四条河原町で京阪電車に乗り換えて学校へ向かう。電車を乗り継ぐ際に、鴨川を渡り、ひと駅だけ反対方向に行くことが日課になった。京阪三条駅からほど近い、山本の家を訪ねる。父親は朝早くから仕事に出かけていたから、玄関を開けてズカズカと部屋に上がり込むと、布団をめくり上げて叫んだ。
「清悟、はよ起きんかい! 学校に行く時間やぞ」
明け方まで遊び歩く習慣がついていた山本は、すぐに制服に着替えさせられ、一緒に電車に乗って学校に連れて行かれた。途中で喫茶店に寄るようになり、2人でモーニングを食べた。2枚あるトーストの1枚を、山口はそっと清悟の皿に載せた。
「お前は食べ盛りなんやから、俺の分も食べろ。体をデカくせなアカン」
教師と生徒という関係を超えたものが、そこにはあった。それは、より親父と息子に近いものだった。山本だけでなく、自分が育ててきた生徒全員に、そうやって、山口は愛情を注いできた。
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