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「嬉しくて泣いたことはなかった」

 勝った。ついに、あの花園高校に勝った。京都の頂点に立った。全員が山口のもとへ走り、抱き合う。言葉にならない声を張り上げ、泣いた。荒くれ者たちが、わずか1年で成し遂げた魂の勝利だった。スーツ姿の山口が、泥まみれになる。涙と雨が入り交じった大粒の滴が、頬を流れる。その姿を見ていた山本は、自然と涙があふれ出るような、不思議な感覚に浸っていた。

「人間、ひたむきに行動している姿は格好ええなと思いましたね。それまでの人生で、苦しくて泣いたことはあったけれど、嬉しくて泣いたことはなかったからね。美しいなと、純粋に感じていました。格好ええな。ああ、こういう世界もあるんやな、とね。本格的にラグビーをやろうと思ったんは、あの春の大会。花園高校に勝った試合を、目の前で見たからですわ」

 厳しい躾と、両親の離婚。子供の頃、辛く、寂しくて泣いたことは数知れずあった。だが、嬉しくて泣いたことは、ただの一度もなかった。京都一のワルと呼ばれ、すさんだ生活を送ってきた山本は、その衝撃的なまでの光景に、胸を打たれた。

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 歓喜の余韻が残るグラウンドでは、表彰式が行われていた。小畑からキャプテンを引き継いでいた西村が、表彰状を受け取る。ふと、それを見た瞬間に、顔色が変わった。その表彰状には、「準優勝 伏見工業高等学校」と記してあった。花園高校の優勝と信じて疑わなかった主催者が、あらかじめ用意していたものだった。「準」の文字にはバツ印が付けられてあった。西村は、すぐに「これを見てくれ」と、小畑に渡した。すると、先ほどまでの嬉しさは一瞬で消え去り、小畑は怒りで手が震えた。

「お前ら、伏工をナメとんのか! なにが準優勝じゃ! こんなもん、いらんわ!」

 怒り狂った形相で列から離れ、前に出る。大会本部の目の前で賞状を破ると、そのまま投げ捨てた。はなから伏見工業が負けるものだと思っていた大人たちを、許すことはできなかった。

 騒然とした雰囲気のまま表彰式が終わり、山口は部員を集めた。

「よくやった。賞状がなくても、花園に勝ったという、事実は消えることはない。だがな、これで終わりではないぞ。花園に勝ったとはいえ、まだ全国大会に出場できるわけではないんや。練習は、もっと厳しくなる。お前らは、やればできるんや。覚悟を決めて、もっと、上を目指そうやないか」

 その言葉に、全員が頷いた。

 先ほどまで激しく降っていた雨は止み、陽が西の山へと沈もうとしていた。その光が、京都の山の稜線を描き、美しい輝きを放っていた。

【前編を読む】中学時代は子分を引き連れてケンカばかり…『スクール☆ウォーズ』のモデルになった「京都一のワル」とラグビーとの“運命的な出会い”