昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

17歳の少年が祖父母を刺殺するまで…「もう戻れないかんね。本当にやれんの?」少年を犯行に追い込んだ母の“欲望”

『誰もボクを見ていない なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』より #1

2021/09/29

 2014年3月29日、埼玉県川口市のアパートの一室で背中を刃物で刺された70代の老夫婦の遺体が発見された。逮捕されたのは当時17歳の少年だった優希(仮名)。優希は小学5年生から義務教育を受けられておらず、行政が居場所を把握できていない「居所不明児童」だった等、少年の過酷な生い立ちが明らかになるにつれ、事件は多くの人の注目を集めることとなった……。

 元毎日新聞記者の山寺香氏は、同事件を丹念に取材し続け、『誰もボクを見ていない なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』(ポプラ社)を執筆した。ここでは同書の一部を抜粋し、優希の母である幸子(仮名)、そして優希自身が証言した、事件前日から事件直後までの一連の行動を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

※登場人物はすべて仮名です

◆◆◆

事件前日まで(幸子の証言より)

 3月10日のカーナビ窃盗事件(編集部注:母親から要求される金銭を得ようと優希は勤務先の塗装会社からカーナビを窃盗していた)以降、塗装会社の坂本社長から給料の前借りができなくなって手持ちの金が尽きると、幸子は父親の達夫と母親の和子から金を借りようと計画した。しかし、2人からの借金は既に30万円(借金の額については、「数百万円」とする優希の主張と食い違っている)に上っており、返済も滞っていたため、達夫はその年の幸子宛ての年賀状に「いいかげんにしろ」と書いて送ってくるほど腹を立てていた。

 和子は、達夫に隠れて金を貸してくれることがあったため、幸子は実家に電話をかけて和子に頼もうとしたが、幸子の魂胆を見抜いて警戒していた達夫は、幸子からの電話を和子に取り次ぐことを拒んだ。

 どうしても和子から金を借りたかった幸子は、親戚に頼んで親戚宅に和子を呼び出してもらうことに成功し、3月21日に親戚宅で和子に会った。

©️iStock.com

 21日の夜中、幸子と優希、結衣、そして和子の4人はタクシーでファストフード店に向かった。その車内で、和子は幸子に現金2万円とタクシー代、優希に500円玉で3000円ほどの小遣いをくれた。そして、「夜中だとおじいちゃん(達夫)の機嫌が悪くなるから、明日、謝りに来なさい」と言った。