17歳の少年が祖父母を殺害した。実際に起きた凄惨な事件に着想を得て、既成の価値観では測れない親子関係のあり方を問いかける映画『MOTHER マザー』が、7月3日から劇場公開されている。

 主演は長澤まさみだが、貧困の中で金を無心し男たちを誘うシングルマザー・秋子を演じる、これまでに見たことのない彼女の姿に驚く観客も多いだろう。息子・周平役(16歳以降)はオーディションで抜擢された新人、奥平大兼、義理の父親となるホスト・遼役には名優、阿部サダヲが配された。

『MOTHER マザー』TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開中 ©2020「MOTHER」製作委員会

 貧困とは、家族とは。なぜ彼らは社会から孤立するのか。そして母子の抗いがたくも生々しく有機的な関係……。見る者は果たして視点をどこに置くだろう。母親なのか、息子なのか、あるいは――。

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※以下の記事では、現在公開中の映画『MOTHER マザー』の内容について述べられていますので、まだ映画をご覧になっていない方はご注意ください。

息子にいびつな執着を見せるシングルマザー

「しゅーへーい!」

 映画『MOTHER』は、シングルマザーの秋子(演:長澤まさみ)が小学校帰りの9歳の周平(演:幼少期・郡司翔)を丘の上から機嫌よく呼ぶ声で始まる。

「跳べ、周平!」
「ビール買ってきてよ、周平。ビールダッシュ!」
「何やってんだよ、周平!」
「周平、学校休んで。冬華(妹)の面倒見て」
「周平しかいないんだからね」

 衝動的で行き当たりばったり、その場しのぎで生きる女・秋子。貧しいシングルマザーである彼女は、男たちとゆきずりの関係を持ちながら、息子の周平にいびつな執着を見せ、自分に忠実であれと強いる。

©2020「MOTHER」製作委員会

 男を追いかけて1週間以上にも及ぶ深刻な育児放棄(ネグレクト)をしたかと思えば、男を連れて帰宅し「新しいお父さん」を息子にあてがう。仕事が続かず、肉親に金を無心しては拒絶され、男たちとも刹那的な肉体関係以上の人間関係を築くことができない。

 人と正常に安定的に関わることができない。肉親にも、もちろん男たちにも誰にも埋められることのない、測り知れない空洞がポッカリと口を開けているような秋子という女の虚ろな目を、長澤は絶妙にベタつく湿り気と乾きの塩梅で表現する。はまり役だ。

「見てはいけないものを見ている」感覚

 そんな母からの歪んだ愛の形しか知らず、翻弄されながらも応えようとする周平役の俳優たちが見事だ。子役の郡司翔は、幼い頃から頭が良く観察力も相応の批判精神もある周平が、それでもなお母を慕う姿を過剰にならず淡々と演じる。

 9歳の周平は、男を追って行った母親からの電話を受けて遊ぶ金を銀行送金し、支払いができずにガスや電気の止められた部屋で、母親の帰りを待って生き延びる少年だ。母親が連れ帰った新しい「お父さん」である安ホストの遼(演:阿部サダヲ)に、「お父さんかどうかは、僕が決める」と言える少年でもある。

©2020「MOTHER」製作委員会

 そして母親が新しい「お父さん」に向かって囁く「ねえ、やろ」の言葉を聞くと、少年は3人で寝ていたベッドを黙って抜け出て浴室へ向かい、空の浴槽に丸まって眠るのだ。

 秋子の妊娠をきっかけに、親子のもとを慌てて去る遼。遼との間にできた女児、冬華(演:浅田芭路)と成長した周平を連れて路上生活を送る秋子の姿に抱いてしまう、「見てはいけないものを見ている」感覚はちょっとした衝撃だ。貧困女性が行き着く先の姿を、我々は言葉で知った気持ちになっているに過ぎないのだと思い知らされる。