息子の心と身体に毒を注ぎ入れる
そして16歳の周平を演じる奥平大兼の目と仕草が放つ、リアリティが圧倒的だ。
「周平ッ!」
自分の名を呼ぶ母の鋭い声に、少年の体が止まる。「あんた、あのブスに何を吹き込まれたか知らないけど、あの女、あんたのこと気持ち悪いって言ってたよ。ひょっとしてあんたがいやらしい目で見たんじゃないの? 一丁前にさ!」
少年の顔色が変わるのを見てとった母親は、我が意を得たりと言葉を継ぐ。
「それとあんた……クサいってよ!」
残酷に笑いながら、その目は息子を射たまま離さない。いましがた自分が注ぎ入れた毒によって息子の心と身体が静かに麻痺していくのを、じっと確認しているのだ。
多くの子どもにとって、母親の声と言葉は特別な響きを持つ。自分を包み込んでいたあのぼんやり温かい胎内から、寒々しい空間へ突然放り出されたとき、目もろくに開かぬ幼い子どもが生命維持のためにまず目指すのは、母にまつわる音だろう。
母の心音なのか、母の声の響きなのか、できたばかりの柔らかい耳で聞き覚えのある音のする方向へとにかく必死についていけば、きっと食いっぱぐれ死ぬことはない。子どもが母親を追い求めてしまうこと、それは本能だ。
だが母の声はときに子どもを支配する。その声に聞こえないふりができたなら、どれほど楽になれるだろう。
「あんた、学校なんて行ったっていじめられるだけだよ」
母親・秋子が「あのブス」と呼んだ児童相談所職員・亜矢(演:夏帆)の働きかけでフリースクールへ通い始め、学ぶ楽しさ、本を読む楽しさを知り始めていた16歳の周平は、母親の狡猾な呪文によって、自立しかけた足を止めてしまう。
物語の中で何度かやってくる、少年が母親の支配から抜け出せるかもしれない瞬間。母の指示に背を向けて自分の道を選ぼうとしたその時、母は残酷に息子の羽を折る。
「あんた、学校なんて行ったっていじめられるだけだよ」。母の元へ戻り行動を共にすることにした周平がその言葉を聞いて目に浮かべた諦念の色。借金取りに追われる遼が再び親子のもとから去ったのを報告したとき、母親に頬を叩かれた周平が演技を超えて咄嗟に流したという、頬を伝う一筋の涙と、どこまでも固く握り締められた手。
筆者が見たそのシーンの主役は、全ての感情を握り締めて語るかのような周平の拳だった。本当にこの俳優はまだ10代なのか、10代の子がなぜこの感情を知っているのかと、息を呑んだ。