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職ナシ、金ナシの元アイドルが赤の他人のおっさんと住んで3年…同居最後の日に起こったこと

2021/09/18

 元アイドルであり、現在はライターや作家として精力的に活動する大木亜希子さん。2018年の5月、会社員だった大木さんは会社に行けなくなり、やむなく休職。みかねた姉からの提案で、独り暮らしをする56歳の男性サラリーマン・ササポンさんとの一つ屋根の下での“共同生活”がはじまった。

 その様子とエピソードを綴った『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)が大ヒット。過度に干渉しないササポンさんとの時間によって大木さんが自分を取り戻す日々は多くの共感を呼び、この7月には『つんドル!~人生に詰んだ元アイドルの事情~』としてコミックにもなった。

 一方で、その生活は当初からササポンさんが定年退職するまでという「期間限定」のものだった。そうして訪れた、ササポンハウスでの最後の日――。

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◆◆◆

大木亜希子さん

「それでは、ササポンこの辺で」

 全ての荷物を積み終えると、私は作業を手伝ってくれた彼に礼を言った。ササポンは「じゃ、お疲れさん」と呟くと、さっさと玄関口に戻っていく。3年間に及ぶ共同生活が最後の日であろうと、しんみりとした空気感は一切滲ませない。彼らしい、見事な別れ方だと思った。

「あの、今日が一応、最後の日なんで。良かったらコレ読んで下さい」

 私は彼のあとを追いかけて、1通の手紙を差し出す。それは、これまでの同居生活について感謝の言葉を綴ったものだった。ササポンは「ありがとう」と言うと、ズボンのポケットにそれを仕舞う。私からの手紙を喜ぶわけでもなければ、雑に扱うわけでもない。その姿は清々しいほど一貫していた。

 引っ越し業者のトラックが出発する。私も業者の後を追って、早く新居に向かわなければならない。歩き出す瞬間、思い立ってもう一度、彼のほうを振り向いて叫ぶ。

「ササポン! 私、一緒に暮らすことが出来て、本当に幸せでした」

 すると彼は、くるりと私のほうを振り向いてわずかに微笑んだ。

「あら、そう。それなら良かったけど」

 一瞬だけ目が合うと、次の瞬間、扉が完全に閉まる。

 これでもう本当に、我々の生活は終わってしまった。

「30歳までに仕事で成果を出し、ハイスペ男性と結婚して…」という強迫観念

 ササポンと私の同居生活が始まったのは、2018年・初夏のことであった。

 当時の私は28歳で、SDN48というアイドルグループから一般企業に転職して3年が過ぎようとしていた。愛嬌をふりまくことだけは芸能界で訓練されていたので、当初は会社員に転身しても楽勝だろうと目論んでいた。

 しかし、実際には慣れないサラリーマン生活に日々苦戦し、「元アイドル」という過去の栄光にすがったり、得意先にぶりっ子したりして過ごした。

「30歳までに仕事で成果を出し、ハイスペ男性と結婚して、周囲から認められたい」

 こうした強迫観念が、常々私を蝕んでいた。営業成績を上げるため徹夜で働き、隙間の時間は全て婚活に励む。その姿は、必死過ぎて鬼の形相だったと思う。偽りの自分を演じ続けるストレスからか、暴飲暴食も止まらなかった。