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 その後も私は、仕事をしながら時々恋をして、少しずつ自分を取り戻していった。そして、いつしか自分のことを愛することができるようになった。

 もう私の隣に、ササポンはいない。

 今日から私は、東京の街でひとり、たったひとりで胸を張っていかなければならない。寂しい気持ちはある。大きな喪失感も。しかし、期待のほうが大きい。

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 それはこの奇妙な同居を通じて、私が本当の意味で「自分」を取り戻したからだろう。

 

最後の日、2階のリビングから聞こえてきた音

 最後にもう一度、彼と暮らした家を見上げる。

 ふと、今までの出来事は全てファンタジーだったのではないかと思う。

 しかし数分後、その考えは覆った。

 2階リビングから、ササポンが奏でるピアノの音色が聞こえてきたからだ。

 この曲を知っている。ヘンデルの『私を泣かせてください』である。寂しさのなかに一縷の望みを感じるこの曲を聞いて、涙腺がゆるむ。これはおそらく、ササポンなりの餞別だろう。

「これからも、まぁ、頑張りなさいよ」というメッセージ。

 

 人生に詰んだ元アイドルと、赤の他人のおっさん。世にも奇妙な組み合わせで過ごしたひとときを、私は一生忘れることができない。優しい演奏が聴こえてくる2階の窓辺に向かって、深々と一礼する。

 それから一つ深呼吸すると、新しい人生に向かって一歩を踏み出した。

写真=末永裕樹/文藝春秋

 

 

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