藤井 不利になったときに、最善手に近づくことと勝ちに近づくこととのイコールが成り立たなくなります。そこで初めて、勝負師としての考え方が必要になると思います。勝負師として、ここからどうしたら勝てるのかと考えることになります。互角以上と思っていれば、そういう考え方は必要ないのかなと思います。
丹羽 なるほど。
自分なりのルーティンを決めて心を落ち着かせる
丹羽 これをやったら勝つ確率が高くなるというような、自分なりの因果関係に基づく験担ぎやジンクスは、藤井さんは持っていますか?
藤井 自分はあまり気にしたことはなかったです。ただ気持ちの揺らぎは、必ずパフォーマンスにも影響してくるものだと思うので、ルーティンを決めている棋士は、けっこう多い印象です。
自分の場合は対局のとき、初手を指す前にいつもお茶を一口飲むようにしています。はじめの頃はあまり深い意味はなかったんですが、それによって盤上に集中できるような気がして、それ以来続けています。そういうちょっとした行動でも、それによって気持ちやパフォーマンスにも影響が出てくることは、やはりあるような気がします。
丹羽 そうしたからって百パーセント勝てるわけではないけど、気分よく戦えるということだろうね。現役時代のイチロー選手は、打席に入ってバットを正面に立てることをルーティンにしていました。そうすることで自分の心をニュートラルな状態にすれば、ボールに集中できるということでしょうね。
藤井さんが対局をするとき、目の前にある盤よりも深々と頭を下げてお辞儀をしているのが印象的ですけれど、それはどんな気持ちでやっているんですか? あるいはそれも一つのルーティンとして考えています?
藤井 いえ、お茶を飲むのは多少意識してやっていますけど、お辞儀についてはまったく意識していなかったです。丹羽さんご自身は、験を担がれるほうなんですか?
丹羽 あんまりないですね。道でつまずいて電車に間に合わなかった日は、どうもツキがないな、などと思うことはありますよ。でも験を担ぐほど、行動の因果関係を憶えていないんだね。だから藤井さんにも聞いてみたかったんだけど、僕と同じでそれほど気にしていなかったんですね。
自分の評価は見ない
丹羽 藤井さんは、いろいろなメディアに取り上げられますけど、自分の出ているものはネット上の情報も含めて一切見ないと聞きました。本当ですか?
藤井 はい。自分の記事を読むのも気恥ずかしいというか、そういう思いもありますし……。