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「写真は小澤からの暴力に抵抗する際にできたひっかき傷では?」

 一方で、記事では小澤がA子から暴力を受けた時にできた“傷”とされる写真が掲載されていましたが、ツメ跡程度の小さな傷で、正直一緒にされては困ると思いました。A子から聞いたところ、あれは『小澤からの暴力に抵抗する際にできたひっかき傷ではないか』ということです」

小澤がA子さんから暴力を受けていたと主張している傷跡(「週刊女性PRIME」より)

 また、今回のインタビューで小澤氏は、以下のように答えている。

〈20歳を越えていたA子と順調に交際していたようだが、彼女は“性行為中に暴力があった”と告発している。この点に関して、小澤は反論する。

「軽いSMのつもりで、彼女も同意のもとでした。性行為中の暴力は、“ない”と僕は断言できます。彼女からのLINEにも《痛いことをしてほしい》みたいなメッセージがありました」〉 

左・小澤の腕についたA子さんから受けた傷(「週刊女性PRIME」より)/右・A子さんの腕にできた黒く変色した痣(「A子さんの親族提供)

A子さんに裸の写真や性的な写真を要求していた

 小澤氏はA子さんからSMプレイをしてほしいと誘うようなLINEがあったと主張しているが、取材班が入手した小澤氏からA子さんへ送られてきたLINEを見ると、状況は異なる。 

小澤は当時10代のA子さんに対し、「調教」と称し、過度な行為を要求していた

 これは、A子さんが17歳だった頃のやりとりだ。小澤はA子さんに「痛いのも快感って思えるくらいドMになろうね!」「俺のためなら痛みも苦しみも快楽に変えられるよね?」と支配欲が垣間見えるLINEを送っていた。さらに小澤はA子さんを「ペットちゃん」、A子さんには小澤を「ご主人様」と呼ばせていた。A子さんに裸の写真や性的な写真も要求している。

小澤は度々A子さんに裸などのわいせつ画像を要求していた。2人の間では「ペットじゃない」=破局を意味していた。A子さんが小澤の要求に応えないと、小澤は「会わない」「ペットやめる?(編集部注:別れること)」と言い、従わせていたという

 A子さんの名誉のため、詳細は避けるが小澤は当時高校生で恋愛経験の少ない少女が到底望むとは考えられないような“行為”をすることをA子さんに提案し、繰り返し“強要”してきた。その証拠は2人のLINEのやりとりに数多く残されていた。前出の親族が続ける。

「マッキーペンで、A子の下半身に卑猥な言葉をラクガキして写真をとったこともあったそうです。他にも人としての尊厳を無視した最低な行為をA子に強要したと聞いています。小澤は、A子がそうした行為を“望んだ”と主張しているようですが、“望むように強制された”というのが本当のところです。A子が小澤の要望を拒むと、『家に行かない』『もう会わない』と突然怒り出すこともしばしば。行為中は、ときには暴力をふるい泣くほどビンタをして従わせていたこともあったそうです」