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20歳からの15年で得たもの失ったもの、変わらないもの…こんな読後感は、初体験。不思議な味わいの小説

大竹聡が『長い一日』(滝口悠生 著)を読む

2021/09/15
『長い一日』(滝口悠生 著)講談社

 不思議な風合いの小説だ。小説の語り手であり、作中の夫であるところの「私」の視点で物語は始まるが、しばらくすると夫と妻を等距離に見る視点に気付かされる。それでも「私」は夫であるのだが、さらに進むと視点は妻に変わり、夫と妻を書き分けられながらも「私」がいつしか夫から妻になっている。その転換の自在さに、私(この文の筆者)は当初、戸惑った。

 ある夫婦と、その周辺の数人が登場する。夫は作家で、これは小説の作者その人を思わせる。年齢は35歳。出てくる人たちは同い年であるか、せいぜい、1、2年の年の差の男女で、概ね、作家の高校大学の交友関係の、ごく短い延長線上にいる。

 35歳は男の生意気盛り。仕事にも家庭にもある程度の自信がある。これは、現在50代も終盤の私の個人的な見解だが、小説に描かれる人物たちはそれとは反対で、実にオトナシイ。なかでも頼りないくらいに青春の面影を残すのは、作家である夫の、高校時代の親友である。

 女性の友人の家で開いた花見の会で、彼はあえなく酒に沈む。30代を超えたあたりから、もともと持っていた酒癖が顕著になるというのも筆者の見解、というより自省に近いが、この親友は実になんとも可愛らしい酔い方をする。挙句に、早く帰れと促されて花見の席をあとにして、帰る道々、涙をこぼしたりする。はたまた、花見の席を用意した側でも、平穏な家庭で幼児を育てる30代の母はポロポロと涙をこぼす。

 酔って乱れたり、暴れたりするわけではない。けれど、何か、ちょっとした気持ちのホツレから、ほろほろと糸が解けてしまうように、哀しみがこぼれ出てしまう。

 作家夫婦が8年暮らした世田谷の家の、大家さんの老夫婦との交友も丹念に回想される。それは、夫の目線からであっても、妻の目線からであっても、対象の輪郭はしっかりしていて捉えやすい。平板な暮らしの中にあって毎日はそれなりに精一杯なのだということを思わせる35歳より、耳の遠くなった90代のほうが、姿ははっきりしている。おまけに、90代は、作家の親友のように、やけ食い、やけ飲みはしないし、涙もこぼさない。むしろ、35歳ほどに、過去を引きずっていない。

 作家夫婦や彼らの親友は、20歳から35歳までの15年を意識する。得たもの失ったもの、変わらないもの、あれこれ意識して、今充実していると意気込むよりは、軽い喪失感の中にいる。そのように、見える。読み進めるうち、筆者は、彼らに、頭の中で、こんなことを言っていた。

 あのね。58歳になると、20歳からの38年は漠然としすぎていて、しみじみ振り返るにも捉えどころがないんだ。キミらもいずれ、わかる……。一杯飲み屋で彼らに管を巻く自分が見えてきた。こんな読後感は、初体験。不思議な味わいの小説なのだった。

たきぐちゆうしょう/1982年、東京都生まれ。2011年「楽器」で新潮新人賞を受賞。15年『愛と人生』で野間文芸新人賞、16年「死んでいない者」で芥川賞を受賞。他の著書に『茄子の輝き』『やがて忘れる過程の途中(アイオワ日記)』などがある。
 

おおたけさとし/1963年、東京都生まれ。『酒とつまみ』初代編集長。著書に『中央線で行く東京横断ホッピーマラソン』など、多数。

長い一日

滝口 悠生

講談社

2021年6月30日 発売

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