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微動だにせず、ストレートを待ち続け…

 翌82年、ロッテと日本ハムの公式戦での秋田遠征。日本ハム1点リードの9回無死二・三塁。「ピッチャー・江夏」のアナウンス。(イヤな場面やな……)

 3番・アリさん三振、4番・リー三振。二死二・三塁で打席は5番・オチだ。

 1球目ど真ん中カーブ見逃しストライク。2球目外角ボール球からストライクになるカーブ見逃しストライク。3球目、捕手の大宮龍男君がサインを出す。私は首を振る。首を振る。首を振る。やっとのことで投じたのは、ど真ん中カーブ、見逃しストライク。

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落合博満選手 ©文藝春秋

 オチは微動だにしなかった。ストレートを待ち続けていたのだ。周囲の拍手喝采の中、私はマウンドを降り、日本ハムは勝利を手にした。しかし、同じ球を待ち続けられるようになったオチに私は空恐ろしさを感じた。

 あの3連続カーブは、われながら傑作の配球だった。普通、2球目のカーブに手を出して引っ掛けるところなのだが、そこにオチの成長、打者としての充実が見て取れた。

 以来、私はオチにきれいな安打を打たれるようになった(通算18打数6安打、打率・333、2本塁打6打点4四球2三振)。82年・85年・86年と2年連続3度の三冠王だ。

 87年には、牛島和彦投手・上川誠二内野手・平沼定晴投手・桑田茂投手との間で1対4の交換トレードが成立。翌88年星野仙一・中日のリーグ優勝に貢献した。

バットコントロールのすばらしさ

 94年にはFAで巨人移籍。

「長嶋ファンの私は、長嶋・巨人を優勝させるために来ました」

 78年秋ドラフト以来、15年越しのオチの思いがかなった。3年間の巨人生活で、94年日本一、96年リーグ優勝に貢献した。特に「94・10・08決戦」で中日のエース・今中慎二君から放った先制アーチは球史に語り継がれる。

 バットコントロールのすばらしさには目を見張るものがある。古い野球記者の話だ。

「89年のオールスター・ゲームのこと。神宮球場での試合前の打撃練習中。ダグアウト前ではなく、ふだんより少しフェアグラウンド近くで取材していたら、自分の1メートル横をライナーのファウルが飛んできました。(危ないなぁ。落合選手でもこんな方向にファウルを打つんだ)と思いながら、少しダグアウトに近づき取材を続けました。するともう1球、1メートル横に同じようなライナーのファウルが飛んできたんです。『まだわからないか。危ないからどけ、と言っているんだ!』。落合選手のバットコントロールのすばらしさに感激してしまいました」

 オチは狙って本塁打を打っているのだろう。通算500安打、1000安打、1500安打、2000安打、もっと言えば通算1000試合出場、2000試合出場と節目の記録はすべて本塁打で達成している。

 そういえば、オチは引退後に語っていた。

「オレの弱点はアウトロー(外角低め)だった。ただ、インコースの投球を広角に打てるし、ライト方向へ多く飛ばせるので、相手が勝手に『アウトコースはもっと危ない。勝負するならインコースだ』と得意なインコースばかりに投げてきて助かった」

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